寿司の話に戻ろう


サンマインサートは終えて、また回転寿司パトロールのこと。
前回の最後に置いておいた画像なんだけど、どうよこれ。

スシロー① 

特に左の皿の真ん中の寿司、これって果たして「寿司」なのか?
ベビーホタテの押しボタン、押したら店員が来るのかよ。
ったく、客をなめんなっての。
サーモンの皿も、それぞれの味の差がまるで感じらんねえ。

大トロ尽くし 

大トロ尽くしだったっけ、これも味がぼやーっとしててな。

スシロー コハダ 

スシロー アナゴ

スシロー エビ何とかサラダ

コハダとアナゴとエビ何とかサラダ。
コハダはレーンから下ろしたままなんだけど、握りの向きが逆。
客から見て、頭側を左に尻尾側を右に置かなきゃいけない。
サーモンも、皮目が手前に来ちゃってるんだな。
コハダは味のついた汁に漬け込んだもので、〆てはいない。
アナゴは、マアナゴではなく身も味も貧弱そのもの。
エビ何とかは、何を食っているのかさっぱり分からない。
心優しい俺でも、褒めるところがまったくないのには驚くぜ。

スシロー マグロ漬け 

マグロのヅケには、強制的にネギが乗って出てきやがった。
ネギトロじゃねえんだから、ネギなんかまるで要らないだろ。
しかも、ネタの縁が微妙にカピカピになっちまってるんだ。
江戸前の仕事では、ヅケはサク単位で作るのが普通。
きっつけの縁ひと周りだけ色が違って、ちょっと乙に綺麗なもんだ。
興味があれば、こちらを参考に。→マグロのヅケ
即席で作るなら、一貫分をきっつけてから煮切りか醤油に5分弱。
つまり、縁がカピカピになるなんて無様なことは起こり得ないのよ。
これね、切ってから漬けて、時間になったら引き上げて、
それをずっと放置しておくからこういう悲惨なことになる仕組み。
早い話が、縁が乾燥し始めちまってるってこった。

あと、メニューにかんぴょう巻きがないのよ、この店。
手間がかかるんでやらねえのか、儲からないからやらねえのか。
かんぴょう巻きは江戸前の魂なんだけど、どうにかしろやい。
あ、スシローは特に江戸前を売りにしてる訳じゃねえのか。
色々な問題点の中で、俺が一番驚いたのは実は「シャリの温度」。
何貫か食ったわけなんだが、シャリの温度がてんでんばらばら。
冷たいのもあったし熱過ぎるのもあって、そこが驚きよ。
これでも寿司だと思うならそれでいいけど、俺は二度と行かねえ。
魚が高いんで、まともな寿司はどんどん高くなっていく。
家族何人かで寿司を食おうと思ったら、そりゃちょっとした出費だ。
だから回転寿司の存在を否定はしないけど、ここは残念だったわ。
残念ではあったけれど、回転寿司のパトロールは続けるつもりだよ。
ここなら!という店をご存知の方は、ご一報願いとう存じますぜ。
2018 / 07 / 16 ( Mon ) 13:35:00 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
サンマの話、その②


ウチの魚は、長い間ずっと決まった店で買うようにしていた。

南阿佐ヶ谷のすずらん通りを青梅街道に抜けるあたりにあった、
「魚平」という鮮魚店がその「決まった店」だった。
元々は隣にあったラーメン屋に通っていたのだが、
通りがかりに店を覗くといつも素晴らしい魚が並んでいる。
根っからの魚好きである私が、黙って行き来するはずもない。
いつしか、ラーメンより魚のために南阿佐ヶ谷に通うようになった。

ある夏の日、冷蔵ケースにピカピカのサンマが並んでいた。
 「ずいぶん早いね。何だこりゃ?」
「それね、『調査船のサンマ』なんだよね。」
 「へえ、そういうのがあるんだ。」
「そう、サンマの時期になる前に資源調査に出るんだ。」
 「それがこうやって流通しちゃうってこと?」
「量はごく少ないんだけど、正規のルートだよ。」
 「旨いの?」
「俺は、このサンマを食ったら秋のサンマは要らないぐらい。」
 「そんなに!?」
こんなやり取りがあって、件のサンマを2本だけ買ってみた。
なるほど、魚屋のオヤジが言うだけあってべらぼうに旨い。
脂が乗り過ぎていないので、くどさがまったくない。
おかげで青魚の身の旨さと質感が存分に味わえる。
焼いた香りも、脂の香りでなく皮と身の香りだ。
私は、後にも先にもあれより旨いサンマを口にしたことがない。
後日オヤジに報告すると、我が意を得たりとばかりに喜んでいた。

自転車をのんびり漕いで25分ぐらいはかかる距離なのだが、
とにかく私は「魚平」に通って通って通い続けた。
築地に行ってもこんなにいい魚は並んでないぞと文句を言うと、
仲卸はちょっとやそっとじゃこういうのを表に並べないよと言う。
そこは付き合いで、何十年もかけていいものを買えるようになる。
ウチだって先代からだから大袈裟でなくウン十年だよ、などと言う。
ホントにいいのは、仲卸の奥の冷蔵庫にしまってあるんだよとも言う。
例えばマグロは、ある有名なマグロ専門店のものを扱っていた。
その専門店は、銀座の超一流の寿司屋に卸すことで知られている。
魚屋であそこのマグロを扱うのは、おそらくウチだけだろう。
寿司屋専門で、赤坂あたりの料亭でもこのマグロは使えない。
そんなことを、オヤジは嫌味なくさらりと話してくれるのだった。

我が家の新年会に並ぶ魚は、毎年「魚平」のものだけだった。
魚屋も、私のためにいいところを取っておいてくれていた。
私は、そういう信頼関係が長く続くと勝手に思っていた。

サンマも時期を終えようかという秋深いある日、電話が鳴った。
滅多にないことだったが、「魚平」からの電話だったのだ。
「金井さん、申し訳ないんだが店を閉めることになったんだ。」
私は呆然として、「えっ、何で!」と言ったきり黙ってしまった。
落ち着いてから話をよく聞いてみると、事情はほぼわかった。
自分たちがそろそろ年で仕事がきつくなってきたこと。
加えて、お客さんが少しずつ減り始めてきていること。
いい魚が減り、また全体的に値段が高止まりしていること。
近隣に、ちょっとした再開発の話も出つつあること。
一度にたくさんのことが降り掛かってしまったのだろう。
だが、日頃の魚だけならともかく、正月の魚は困る。
旦那も信頼をおけるいい魚屋を紹介してくれと、そう所望した。
もちろんだと請け合ったオヤジは、約束を守った。

電話の後も何回か足を運んだが、「魚平」はすぐに店を畳んだ。
すっぱりと潔い江戸前の幕引き、それは見事なものだった。
連絡を取ろうと思えば取れないでもないが、一度もそうしてはいない。
オヤジの選んだやり方に、私が首を突っ込んでも仕方がない。
奥さんや二人の子供、みんなが元気でいてくれればそれだけでいい。
魚屋のオヤジは、いつの間にか私には得難い友になっていたようだ。
あそこで何種類の魚をいくらぐらい買ったのか、見当もつかない。
だが、1本1000円した「調査船のサンマ」は、数ある思い出の中でも
ひと際燦然と輝くワンシーンとして今もって強く記憶に残っている。

今年もまた、サンマの便りが届く季節になったようだ。
2018 / 07 / 15 ( Sun ) 14:24:00 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
即時的インサートエントリー


寿司の話を続けるつもりだったんだけど、サンマが揚がったってさ。
べらぼうな値段がついたなんて、どこかのニュースでやってたよ。
そこで、サンマにまつわる思い出を二つ、エッセイ風に書いてみる。
今日は第一話、第二話はまた次回だ。

もうかれこれ30年ほども昔の話になる。
職場の近くに「たきざわ」という小料理屋があった。
ある日、手書きのメニューに「サンマの刺身」を見つけた。

 「サンマを、刺身にするんだ…。」
「ええ、いいサンマがあったんで。いかがですか?」
 「俺、サンマを刺身で食ったことないよ。」
「それなら、なおさらお勧めしますよ。」

板前の小林さんは、私より一つ二つ年下だったはずだ。
若いが腕はしっかりしていて、料理にハズレがなかった。
ママも全幅の信頼を置いていて、店はたいそう賑わっていた。
勧められるままに頼んでみたサンマは、とても美味しかった。
嫌な臭みが全くなくスッキリしているのに、ふくよかだった。
その刺身をつまみつつ、私は小イタズラを思いついた。

 「小林さん、サンマはまだある?」
「ええ、ありますけど。」
 「だったら、塩焼きにして食わせてくれないか?」

小林さんと話していたのに、ここでママの茶々が入った。
「ええ!先生、刺し身で食べられるサンマを、焼いちゃうの!?」
 「うん。このサンマを、塩焼きで食いたいなぁって思って。」
「そんな、もったいないじゃない!」
すると、日頃はニコニコして笑顔を絶やさない小林さんが、
「いいから!いいんだよ!」と、きつくママを制した。
そして私に「すいません。」と笑いかけて、焼台に向かった。
上手に焼けたサンマは、言うまでもなく極上の美味だった。
サンマは、塩焼きにするのが一番の食い方なのである。
小林さんも、それは料理人として重々承知だったのだろう。
お客さんが食べたいものを食べたいように食べさせる、
彼の料理人魂がママの不用意な発言に反応したようだった。

小林さんとママは、よく一緒にゴルフに行っていた。
二人きりという訳でもなさそうだったが、回数は多かった。
ひょっとすると、料理人と雇い主以上の関係だったのかもしれない。
なのに小林さんは、ある日忽然と姿をくらましてしまった。
私の邪推が当たっているなら、関係が破綻したということなのか。
「たきざわ」の調理場には、次の料理人が雇われて入った。
私も2~3回行ったのだが、やはり小林さんとは調子が違う。
それからすっかり足が遠のいてしまい、酒を飲むといえば
元々行きつけの小体な居酒屋専門という状態に戻っていった。

そんなある日、その居酒屋のマスターが私に言った。
「金井ちゃん、『たきざわ』のママ、死んだってよ。」
 「ええ、何でまた!」

聞いた話だよと断ってから、マスターがこのように言った。
 料理人が朝の仕入れを終え、品物を持って店に入った。
 するとカウンターに突っ伏して、ママが寝ている。
 それだけならよくあることだが、その日は違った。
 ママは口から血を流し、すでにこと切れていた。
 事件性はなく、ただの突然死ということになったらしい。

店はすぐに看板を下ろしたが、誰がどう始末したのか私は知らない。
今は焼肉屋になっているが、その前を通るたびにちょっと考える。
小林さんは、今頃どこで何をしているのだろう。
今でも料理の仕事をしているんだろうか。
小林さんの後釜は、どこかで仕事を続けられたのだろうか。

私は今でも、サンマの刺身はめったに口にしない。
自分でサンマを買う時は、必ず塩焼きにして食べる。
サンマは塩焼きが一番という信念は、30年前と変わらない。
小林さんも、まだそう思っているに違いない。
今年もまた、サンマの季節がやってくる。
2018 / 07 / 14 ( Sat ) 10:08:12 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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