経過報告でっす。


入院して三週間が過ぎた遊ですが、もう一つといったところです。
左手は完全に回復していますが、左足がいけません。
皆さま、ぜひ試していただきたいことがあります。
椅子か何かに腰掛けた状態で、膝を上げてみてください。
ぎゅっと上げると、膝が胸にくっつきそうになりますか?
デブとか巨乳とか貧乳とかは、問題ではありません。
関節や筋肉がどう動くかという話で、膝は胸近くに来るはずです。

遊も、右足ならそうなります。
右足

ところが、左足はこんなもんです。
左足

足首が回らないと歩けない、医者はそう言います。
左足首

実際これで一杯一杯なんです。
右足ならスリッパのソールが見えるのに、左足はこれが限界。
足を持ち上げようとしても思うように上がらないので、
妙な筋肉痛に襲われるのだと本人は言っております。
因果な話はありますが、なってしまったものは仕方ありません。
早くよくなるといいんですけどね。

学校の出席日数、足りるのかしらん。
2015 / 02 / 10 ( Tue ) 03:29:59 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
入院見舞い 実録大長編、筆力全開でお届け!


病人を見舞って自分が流血したのは、一昨日の午後だった。
見舞った相手の名は金井遊、我が家の次男である。

遊は、今月9日に登校する際に中野坂上駅の外階段で足を滑らせて転倒、
その拍子に背中を強く打って身動きが取れなくなり救急搬送されたのだった。
百人町の春山外科に運び込まれて背骨のCTを撮ったのだが、
幸いなことに骨折や内臓へのダメージはないということだった。
ただ、やや腫れが見られるので、これが痛覚を刺激すれば痛いはずだと。
実際本人は相当痛がっており、コルセット・座薬・内服薬の3点セットを用いて
ようやく普通にしていられるかどうか…という有り様だった。
混雑した電車に乗るのは不可能なので通学はバスとタクシーの併用、
教科書などの重い荷物は持てないので家内が送り迎えせざるを得なかった。

何日かして、朝になると吐き気を訴えるようになった。
訴えるだけでなく、実際に嘔吐してもいた。
背中との関係があるのかないのか、これは経過を見守るしかなかったが、
吐き気は数日で収束したようなので一過性の胃腸炎のようなものだったのだろう。

そんなこんなで迎えた1月19日、月曜日の朝のことである。

<続きはこちらから>
2015 / 01 / 22 ( Thu ) 13:18:15 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(2) | トップ↑
シリーズ「元気な病人」 最終話


更新を怠っていたら、広告がうるさくて仕方ない。
広告消しも兼ねて、中途半端になっているものを終わらせておこう。

投薬治療が始まってしばらく経った頃のことである。
肌が赤らんでいて、顔などは見るからにがさついている。
初めは「洗顔フォームが合わないんだろうから、使うなよ。」などと、
こちらもいたって呑気に構えていたのだが実はそうではなかった。
薬の副作用として起きる発疹で、いわゆる「薬疹」だったのである。
慌てて三宿病院に連れて行ったところ、医者も薬疹との見解を示した。
当然その薬は中断するのだが、飲まなければまた発作が起きる。
テグレトールをやめて、ラミクタールという薬が処方された。
これも飲んでみなければ分からない部分はあるのだが、
実際に飲むことでしか副作用の確認もできないのが現実だ。
臆していても、何も変わらない。

幸い、ラミクタールでは副作用は認められなかった。
今に至るまで飲み続けていて、なんら問題はない。
もちろん、テグレトールによる発疹もすっかり引いた。

だが…。

<続きはこちらから>
2014 / 02 / 25 ( Tue ) 15:44:10 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
シリーズ 「元気な病人」 第四話


精神科受診の目的は、「メンタル系の症状ではないという確証を得る」ことだった。
癲癇とはっきり決まるのであれば、治療の方法はほぼ一通りに決まる。
だが、いわゆるトラウマやPTSDのようなことがあるのなら、話は大きく変わる。
この辺りの事情は第三話にも書いたことなので、重複は避けたい。

高校に入ってからの遊の意識消失は、数えれば10回近くにも上る。
いつも同じような発作が起きるのだが、それは同じ原因であることを示す。
言い方を変えれば、決まった病気から決まった発作が起きるのである。
ただ、問題は、発作が起きるときのスイッチが何かということなのだ。
自分にとってストレスになることをグーッと思い詰めてしまうと、
それがきっかけとなって発作を引き起こすのではないかという論理だ。
何でもないときにでも発作が起きるのなら、それはいつどこで起きてもおかしくない。
ところが遊の発作は、学校に関わる時間の中だけで起きるのである。
通学途中、授業中、休み時間、帰宅途中、すべて学校に関わっている時間だ。
自宅で発作を起こしたことは、中学時代から、ただの一度もないのである。
では学校がそんなに嫌なのかというと、これがそういう訳でもない。
本人は学校に行くことを嫌がりはしないし、むしろ行きたがるのだ。
ちょっと謎めいた感じもするのだが、因果関係は釈然としない。

精神科の指示で、綿密なMRI検査を受けた。
三宿病院では造影剤を使わなかったのだが、それを使っての撮影だ。
循環器に疾患があるかどうかを綿密に調べるということだが、結果はシロ。
そして、第一話に書いておいたような検査を受けてメンタルも調べる。
メンタルに問題があるなら、まずはそこを治療しなければならないのだ。

話は遠回りになるが、メンタルの治療は意外と辛いものらしい。
嫌な思い出をわざわざ呼び覚まして、それに打ち克つ治療をするという。
そういったメソードはアメリカでの発達が著しいのだと、医者は言う。
戦争とレイプ、メンタルをやられるケースはこの二つに集中しているらしい。
なるほど、アメリカではこれらの原因で病んでいる人間が多いことだろう。
もしそういう症状だと診断されれば、遊もそんな治療をされることになる。
高校一年生にはちょっと厳しくなる、精神科の医者はそう心配していた。
だが、幸いなことに、そういう症状ではないことがはっきりした。
癲癇であることを確定させるために、他の病気ではないことを証明していくのだ。
そうやって様々な可能性を潰していって残るのが癲癇、そういう消去法だ。

数回にわたって精神科を訪れ、メンタルには問題がないと保証された。
いよいよ三宿病院の精神内科に戻って、癲癇の治療を開始することになった。
治療の中心は投薬、というか、それが治療の全てと言ってもいいかもしれない。
テグレトールという名の薬が処方され、それを飲み続けるのである。
だいたい三年間から四年間服用し続けて、それで完治するらしい。
成人式を迎える頃には治っている、そんな計算になる。

遊は、だいぶ安心したようだ。
ほとんど原因がわからないまま記憶を失うことの怖さがあっただろう。
また、それがいつ起きるか予測もつかないという怖さもあったに違いない。
だから、医者から「治るよ」と言われたときはかなり嬉しそうだった。
それも、薬を一日一回服用するだけなのだから、煩わしさも知れている。
親としても一安心…だったはずなのだが、話はそう簡単ではなかった。

2013 / 11 / 18 ( Mon ) 06:47:42 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
シリーズ 「元気な病人」 第三話


「遊くんが授業中に意識を失って、
救急搬送されました。」


担任の声は、冷静なようでいてどこかに切迫した感じを有していたようだ。
電話に出たカミさんの表情や声の変化で、こちらにもそれが伝わる。
三宿病院、搬送先を告げられて電話を切ったカミさんが、どこだと私に問う。

東横線でも新玉線でも行きにくいから、渋谷からバスだよ。
渋谷からタクシーだと、そこそこ取られちゃうかな。

遊は、とりあえずということで脳波を取り、点滴を受けていたらしい。
同時に血液検査も受け、カミさんが着いた頃には一通りのことは終えていた。
脳波、これといった異常はなし。
血液、これといった異常はなし。
じゃあ、なに?
なんで意識を失うようなことになる?

カミさんと帰宅した時の遊は、倒れたなんて信じられないぐらい元気だった。
ただ、中学校の時と同じように、「あの感覚」がしたと断言した。
あの時と同じだ、もちろんそれは本人にしか分からないことなのだが…。

始末の悪いことに、その後も症状が続けて出た。
通学途中の新宿三丁目駅、自力で事務室にたどり着いたものの、
そこから後の記憶は全くないと本人は言う。
担任から「まだ学校に来ていない」という電話連絡を受けた直後に、
救急隊から「お子さんを救急搬送します」という一報が入った。
前回のことがあったので、なにかあったら三宿病院と決まっていた。
それを救急隊に告げたのは遊自身だったのだが、記憶はないという。
その後も、通学途中の代官山駅で同じことが起きた。
また別の日には、帰宅途中の代官山駅でも同じことが起きた。
最初に三宿病院にかかったときの救急担当はS先生という熱血派で、
「なにかあったら必ずここへ来るんだよ、いいね。」と言ってくれていた。
だから度重なる救急搬送も実に快く受け入れ、面倒をみてくれた。

「先生、どうなんでしょうね?」と、あるとき切り出してみた。
するとS先生は、即座にこう答えた。
「癲癇だと思うんです。」
ただ、脳波がどうも気になる。
この波形が出れば癲癇という、その決め手の波形が得られない。
癲癇なら治療の方向も薬もほぼ決まっているのだが、
癲癇でなかったらそういった治療も投薬も無意味になってしまう。
現段階で癲癇の治療を施すわけにはいかない。
熱血漢はそう言って脳波のデータに目を落とすのだった。

精神科を受診してみるつもりなんですが、どうでしょうか。
私の問いに、熱血ドクターSは大いに興味を示した。
PTSDなどという大げさなものではなくても、可能性はある。
受診して何でもなければそれはそれでいいし、もしメンタルに原因があるなら、
精神科が主治医で僕はサブでも一向にかまわない。
ただ、こういった発作が出ている以上はできる限りのフォローはする。
S先生は、きっぱりとそう言ってくれた。

中学校の養護の先生に勧められた「精神科受診」が決定的になった。
高校の養護の先生の勧めで、道玄坂にある精神科を選んだ。
思春期の青少年を得意としているらしいし、学校からも近い。
連絡をしてみたら、予約がいっぱいで受診はひと月ほど先になるという。

構わない。
きちんと診てもらえるのなら、待つことなど屁でもない。

遊が意識を失うと、多くの人に迷惑をかけることになる。
駅でヘロヘロすれば、友人が学校に走り、先生を呼んでくる。
救急搬送となれば、誰かが救急車に同乗することにもなる。
望んでしていることではないが、これ以上誰かに迷惑をかける訳にもいくまい。
やむを得ず、カミさんが朝夕の送り迎えをすることになった。
代官山までの定期券を買って、遊に同行するだけのことである。
学校へ送り届けたら帰宅、夕方の下校に合わせてまた学校まで迎えに行く。
一日二往復だからあっという間に元が取れる、笑えない笑い話である。
弁当を作って送り迎え、遊はすっかり幼稚園児に戻ってしまったかのようだった。
2013 / 10 / 02 ( Wed ) 04:02:36 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(4) | トップ↑
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