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ちょっと変わった誕生日プレゼント


ずっと欲しい欲しいと思ってはいたんですよ。
そして、ついに購入したのが2月1日。

年パス、ただし上野

そしたら家族が800円ずつ出し合って、誕生日プレゼントにしてくれました。
ヤツラにしてみりゃ、プレゼント用に私の好みの酒を探したり買ったりすれば、
どうしたって時間と金の両方を使うことになってしまいますからね。
内容の濃い、いいプレゼントだと単純に喜んでいます。

不思議なもんで、年パスがあると思うと園内の回り方が変わります。
がっついてあっちもこっちも回るということがなくなりました。
その日の気分で、見たいものだけ見るというスタイルですね。
私は、パンダ舎はほぼスルーです。
ちっちゃい動物もあまり好きではありません。
好きなのは、猛禽類と爬虫類・両生類。
別格で、ハシビロコウでしょうか。

ヨコビロコウ

横にデデンとしていて、これはヨコビロコウ。

シリビロコウ

こちらに尻を向けているので、こいつはシリビロコウ。

上野動物園には5羽の個体がいるそうですが、区別できるようになるかもしれません。
上野御徒町エリアは昼飲みのパラダイスでもありますので、園内の動物だけではなく、
アメ横近辺で野生の人間の生態観察をするのもまた学術的な意義の大きいことです。
休日は、できる限りアチラ方面に足を運びたいと思うオッサンです。
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2017 / 03 / 09 ( Thu ) 14:08:44 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
節分が年々残念になっていく気がする


恵方巻きなんて習慣は知らん、そう言い始めてもう15年経ちますか。
つまり、例のコンビニが恵方巻き商戦を仕掛けて15年ぐらいですね。
購買層も海苔巻きにばかり流れて、打豆やイワシは今ひとつです。
スーパーでは柊の葉も見かけましたが、売れ残りも見られました。
節分の本義である【追儺】が軽視されるのは、残念でなりません。
「節分そば」という言葉も聞きますが、私はまったく知りません。
知らないというのは、我が家にはそういう習慣はなかったということです。
この手の行事は家庭家庭でやり方があるもので、少なくとも私の両親は、
節分だからと蕎麦を食べることはただの一度もありませんでした。
柊、イワシ、豆まき、それが我が家の節分の全てだったのです。
父も母も、昨今の節分を見てあの世で苦笑いしていることでしょう。

節分の次の日は、立春です。
暦の上では春なのに…という寒がりさんも、多くおいでのことでしょう。
ですが、立春を迎えれば春になった、という安直なものではありません。
「春が立つ」とは、「寒さが底を過ぎ、暖かくなり始める」程度のことです。
本格的に暖かくなるまでには、まだまだ日数を要します。
暑さ寒さも彼岸まで、あとひと月半ぐらいは辛抱するとしましょう。

近所にある成願寺の門の前には、紅白の枝垂れ梅が一対あります。
成願寺の梅 
画像は、今月一日の宵に梅と月と金星を無理やり収めたものです。
この梅が咲き始めることは、私の身に変化が起きる予兆になっています。
すなわち、花粉が飛散し始めるぞというサインなのです。
春の到来はありがたくもあり鬱陶しくもある、そんな個人事情です。

節分のあり方が変わっていくことを考えると、やや複雑な思いです。
ですが、そういう時代に生きているのだと思うしかありません。
クリスマスの次に嫌いな行事も、すぐそこに迫っています。
しばらくの間は、酒を相手に伝統行事の何たるかを考えてみます。

<鬼も来よ 春立つ宵の ひとり酒 義衛>
2017 / 02 / 05 ( Sun ) 12:56:13 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
生まれて初めて福袋的な物を買ったという、ね


<年玉や 水引かけて 山の芋 村上鬼城>

里の芋に対して山の芋、つまり山芋です。
自然薯などは言わずもがな、大和芋あたりもだいぶ高価になりました。
山芋がお年玉なら、貰う方は大歓迎といったところでしょう。

さて私、本日、人生初の福袋(的なモノ)を購入してしまいました。

<続きはこちらから>
2017 / 01 / 02 ( Mon ) 15:26:14 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
2017年になってあれこれ考えてみた


皆様、明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。


まあ、普通の挨拶ならこんなところだろうと思うのですが、
いかんせんブログの更新が亀の歩みにも劣る現状ですから
「普通の挨拶」が通用するわけがありません。
世は、SNSでさえも安直で利便性の高いツールに流れ、
LINEを中心に再構築された世界ではブログは既に脇役ですね。
とは言うものの、字数制限がないという強みは、まだまだ健在です。
私のように「言いたいことを全部吐き出さないと気が済まない」者には、
自分の思いをこのように活字にする場所があるのは有り難いことです。

昨2016年は、今までにない速度で過ぎていきました。
5月に娘が結婚するまでは、その話題と準備だけで過ごしました。
自身の歯科と眼科の治療が挟まりましたが、メインは娘でした。
式が終わると程なくして妊娠が発覚、あまりのタイミングに驚きました。
そして8月には、可愛がっている舎弟に第一子が産まれました。
大いに喜びに浸っていると、9月に入って長男の虫垂破裂。
退院してやれやれと思っていたら飼い猫が老衰で他界。
そうこうするうちに、年が暮れてしまいました。
実際にはもっともっと沢山の事が起きていたに決まっているのですが、
高速で走る車内から見る景色は断片的なのが常ですよね。
上記のようなポイントポイントしか印象に残っていません。

今年は足を地につけた生活を送りたいと、切に願います。
それだけでなく、少しずつ欲も出してみようかと目論んでいます。
母の死後、私は「短気封印」を意識して、また実践してもきました。
それが母への手向けになると、本気で考えていましたので…。
おかげで周囲は大いに助かっていたようですが、もういいでしょう。
元通りの瞬間湯沸し器に戻って、
温度設定も高めにしておきます。

また、足を地につけるだけではなく、一歩踏み込みたいとも思います。
思考の山野を跋渉しては未開の領域を踏み拓いていく気概を持ちたいものです。

皆様、どうか健やかにお過ごしください。
どなた様にも、必要十分の幸せが訪れますように。
最後に、
どうかジャイが優勝できますように。
2017 / 01 / 01 ( Sun ) 14:18:21 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
テリーが、永の眠りにつきました。


老衰で餌も食べられなくなっていた我が家の飼い猫テリーが、
昨日、ついにその生涯を終えました。
同じ腹の弟ドランゴの死から5年あまり、ドランゴは病死でしたが
テリーは堂々と天寿を全うしての最期でした。
生前に可愛がってくださった皆様、ナデナデやスリスリ、
あんなことやこんなこと、色々とありがとうございました。
テリーに成り代わりまして、飼い主として御礼申し上げます。

思い出すことは多々あるのですが、キリがありません。
私が子供たちのために書きおいた文章をコピペします。
出勤前の僅かな時間に、ワードで作成したものです。
PCのデスクトップに置いておき、置き手紙として読ませました。

才、そして遊へ

テリーは、今日10月27日の11:48にその生涯を終えました。
君たちも覚悟はできていたと思いますが、残念です。
餌を食べられなくなり、水も飲めなくなってからおよそ一週間、
泣き言も言わず無駄なことは一切せず、そして我々には心の準備の
時間をたっぷりと与えてくれて、それは見事な最期でした。
よく頑張ったと、父はテリーに心から感謝しています。
私は仕事に出てしまいますので、三人でお通夜をしてください。

父から君たちにお願いがあります。
それは「心を乱さないで欲しい」ということです。
愛するペットが死んだのですから、泣くのは構いません。
残念がるのも、一向に差し支えありません。
「心を乱す」とは、そういうことではないのです。
例えばテリーの死を言い訳にしてするべきことをサボる、
あるいはしなくてもいい余計なことをする、そういうことが
「心を乱す」行為であると父は考えています。
つまり、テリーの死を、自分勝手な言い訳に使うなということです。
君たちを育ててくれたテリーも、そんなことを望むはずがありません。
一晩たっぷり別れを惜しみ、明日からは通常の生活に戻る、いやいや
できるだけ「戻ろうとする」ことを君たちに期待しています。

明日の昼、哲学堂霊園に連れていくように手筈をつけました。
ドランゴと同じところに葬ってやれるのが、せめてもの気休めです。
前を向いてなどと、父は言いません。
しばらくは後ろを振り返ってもいい、そうして少しずつ
テリーの死を受け容れていけばいいのだと思います。
ジュゲムもいるし、何よりも、家族がいます。
テリーには、「ありがとう」と言ってやってください。
君たちの優しさを、テリーは知っていました。
いつもの君たちのまま、テリーを送ってやってください。

                             父


テリーは、我が家に18年と半年余りいたことになります。
私のような猫嫌いのところに、よくぞ来てくれました。
今は、感謝の気持ちでいっぱいです。
ドランゴの時もそうでしたが、私は少し泣きました。
親父が死んでもお袋が死んでも泣かなかった私ですが、
どこかに飼い猫専用の別のスイッチがあるようです。

画像を探してみました。

テリー

サムネイル画像、クリックで大きくなります。
これは、2014年の1月に撮影したものです。

次は珍しいジュゲムとのツーショット、撮影は昨年の5月です。

ジュゲムとツーショット

ささっ、湿っぽいのはこれでおしまいにしましょう。
最後にもう一度…、

テリー、ありがとう!
2016 / 10 / 28 ( Fri ) 02:38:32 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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