ガキンチョその2の名前。


次男の名前は、「遊」(ゆう)という。

名前をつけるにあたっては、長男のときと同じことに気をつけた。
また、長男が一字だったので、一字で名づけたいと思ってもいた。
「遊」という字は難しいのだが、小学校2年生に配当されている。
次男は今まさに、その2年生である。

長男と5年離れていたので、もう名前に文句はつかなかった。
むしろ、次はどんな名前になるのかと興味を持たれた方が多かったようだ。
ただ、あたしが馬鹿馬鹿しいと思った出来事もあったことはあった。
「ご長男が才クンだから、次は天クンか秀クンですか?」などと
真顔で聞いた方があったのがそれだ。
こういう手合いは、正直言って、お付き合いを遠慮したい。
天才だの秀才だのということならば、上の子に「天」とか「秀」と
名前をつけるに決まっているではないか。
それに、二人合わせて一つの意味だなんて、どういう発想だろう。
子供には一人ひとりにそれぞれの個性があるのだろうに。

「遊」という名前の意味は、読んで字の如しだ。
人生を、明るく楽しく、遊んでいるかのように過ごせたら、
これに勝る生き方はないのではなかろうかと思うのだ。
かの外国人が、長男のときと同じことを聞いた。
What does it mean ?
あたしの答えは、またいたって単純なものであった。
It means "to play". 「遊ぶ」って意味さ!
彼はそれを聞いて、大声を上げて愉快そうに笑った。
そしてまだ小さかった次男の頭をなでながら、
Remember to play, baby YOU ! と言っていた。
「遊べってさ、ちっちゃな遊クン!」といったところだろうか。

「遊」という名前に関しては、もう一つ楽しみがある。
「彼は遊だ。」という意味の英語は、He is YOU. である。
直訳すると、「彼はあなただ。」みたいで、ちょっと面白い。




2005 / 07 / 29 ( Fri ) 15:11:00 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
ガキンチョの名前。


長男の名前は、「才」(さい)という。

名前をつけるに当たって、いくつか考えたことがある。
まず、小学校の低学年で習う字で構成されていること。
次に、発音しやすいこと。
欲を言えば、外人でも発音しやすいこと。
最後に、明確な意味を持っていること。

長男の名前を決めたとき、あたしの両親は反対した。
曰く「もう少しいい名前はないのか?考えてやろうか?」
わが親ながら、呆れてものが言えなかった。
何が「いい」名前で、何が「よくない」名前なのか?
名前の価値などは、本人の生き方で決まるものではないのか。

あたしは「努力」という言葉が嫌いだ。
正確を期するのであれば、努力を売り物にするのが大嫌いだ。
努力など適当でいいから、自分の持てる才能を生かして欲しい。
それがどこにあるのか、いつ開花するのかは分からない。
だが、必ずどこかに何かがあるに違いない。
時間がかかってもいいから、きっとそれを見つけてくれ。
そう願いを込めて、「才」と名づけたのだ。
ある外国人の友人が、What does it mean ? と尋ねたことがある。
あたしは、It means "talent". と、ためらうことなく答えた。
タレント、すなわち才能である。

今、長男は誰からも「さい」「さい」と呼ばれていて、
ヤツを苗字で呼ぶ者は、周囲にはいないのだそうだ。


2005 / 07 / 27 ( Wed ) 00:07:49 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
二人目のガキンチョ。


次男は、1997年7月5日に生まれた。
ウチのカミさんは「微弱陣痛」だと、長男の出産時に分かっていた。
なので次男のときも、大方帝王切開になると医者からも言われていた。

そろそろ出てきてもいいという頃合の7月5日未明、破水した。
産院へ車で連れて行き、然るべき手続きをして引き返した。
長男を幼稚園に連れて行かなければならなかったからだ。
弁当も作ってやった。幼稚園に置いて、その足で産院へ行った。
また同意書を書いて、手術は昼休みに行なわれた。
医者も、「これは普通のお産はできないな。」と言っていたし、
本人も帝王切開の覚悟を固めていたようであった。

二回目ということもあり、手術は滞りなく済んだ。

帝王切開のあとは、子宮収縮剤を使う。
普通分娩なら子宮が縮みながら赤ん坊が出てくるわけだが、
帝王切開だと子宮は膨らみっぱなしなのだそうだ。
それを薬で強制的に元に戻そうというわけなのだ。
長男のときは、収縮剤を使っているおよそ1日半の間、
カミさんはうめきっぱなしだった。産後の陣痛である。
ところが次男のときはまるっきり様子が違った。
とにかく、グーグー寝ているのだ。痛みを感じるヒマもない。
慣れというのは恐ろしいものだと、感心したものだった。


2005 / 07 / 25 ( Mon ) 09:25:52 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
まずは、ガキンチョのこと。


長男が生まれたのは、1992年8月11日。
難産で、カミさんは分娩室で半日もうなっていた。
子供がまっすぐに膣口に降りていかずに子宮を
引き下げてしまっていたのだそうだ。
子宮が破裂すると母体は助からないのだということを
後から医者が説明してくれた。

男がいても何の役にも立たないとカミさんもその母も言うから、
当日は朝から飲み呆けていたのだった。
ところが普通分娩が不可能となるや、帝王切開手術決定。
そうなるとあたしの同意書が必要になるわけだが、
本人は暢気に飲み歩いているのである。
いい加減に出来上がった時分に、そろそろ生まれたかと
産院を訪ねてみると、医者が「君を待ってたんだよ!」と
半ば怒ったような様子であたしの手を引っ張る。
すぐに同意書に署名をして手術ということになり、
もう少しで12日になるという夜中に、長男は出てきた。

しわくちゃでふけ顔で、当時のあたしの父にそっくりだった。
こんなジジムサイ赤ん坊は見たことがない、と思った。

2005 / 07 / 23 ( Sat ) 15:06:48 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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