自由研究。


夏休みの宿題に「自由研究」というのがあって、手を焼く。
自由だと言われるとかえって何をしていいのかわからず、
適当にお茶を濁してしまうケースが最も多いように思う。

今年は、「手作りパン」に挑んでみた。いや、挑ませた。
中一も小二も同じ課題であるのは、親の都合による。
二人分を一回で済ませれば、手間も費用も省けるというものだ。
パン作りのレベルも様々なのだが、今回は天然酵母を仕込んだ。
ドライイーストなどは使わずに原始的な形でパンを焼くのが眼目で、
そうすることで発酵のメカニズムや温度湿度の管理、
また小麦粉の特性などもちっとは分かってくれたかと思う。
二人のまとめにどういう差が出るのかも楽しみなのだが、
まだ二人とも出来上がっていない。
夏休みも残すところわずか一日、明日だけとなってしまった。

その、焼き上がり。これで、直径8センチぐらい。
パン
画像クリックで拡大表示になります。

割ってみると中はこんな感じで。
パンの中
こちらもクリックで拡大。っつうか、このブログは全部そうです。

砂糖も塩も使わずに焼いたのだが、自然な甘味があり、
適度な噛み応えもあって料理にもよく合っていた。
自分たちで作ったからか、とても美味しそうに食べていた。

パン作りは数学でもあり理科でもあり、また家庭科でもある。
小麦の出所を調べれば社会科にもなり得るし、
感想を述べるときには詩人になるかもしれない。
ハナっから終いまで楽しそうだったので、よかった。
さあ、二学期の準備だ。


2005 / 08 / 30 ( Tue ) 22:34:19 | ガキンチョ日記 | TrackBack(1) | Comment(0) | トップ↑
あら恥ずかしの、裏メニュー。


裏といっても、Hなわけではないし怪しいわけでもない。
日頃食べ物の味にうるさいあたしもこんなものを食べるという、
ちょっと秘密公開的な賄い料理の類なのである。
今日は、これ。
ズルズル…

ご飯が炊き立てであること、これが第一の条件。
卵はバターでズルズルに焼くこと(他の油脂は、絶対にダメ)、これが第二。
海苔の佃煮は適宜使いながら食べる、これが第三。
気取っても仕方がないので、飯と卵をグリグリと混ぜて、
佃煮の味でザバザバと掻っ込めばそれでいいのである。

画像で、卵のズルズル具合がお分かりいただけるだろうか。
生卵をかけるのでは、ちっとも美味しくないのだ。
バターの香りをまとったズルズル卵、それがこの食べ方の肝である。

ところで、この料理(?)には、名前がない。
「バターでズルズルに焼いた卵焼きを
炊き立てご飯に乗せて海苔の佃煮で食べる」と
ウチでは呼んでいるのだが、何かいい名前はないものか。
もう10年も考えているのに、これといった名前が思い浮かばない。
皆様のお知恵を拝借したいと思っている。


2005 / 08 / 25 ( Thu ) 21:51:37 | 美味しいもの | TrackBack(0) | Comment(10) | トップ↑
遊という個性。


長男のことが続いたので、次男の話を少し。

ちょっと前のことになるのだが、次男と二人で新宿へ出た。
自転車に乗れるようになってからというもの、とにもかくにも
自転車で出かけたい遊なので、その日も二台でツーリング気分だった。
途中は調子よく走って、いざ目的地目前となったところで、
その事件は起きたのだった。

それまでもあたしが前を走っては、時おり後ろを振り向き、
あたしについてこさせる形で走っていたのだった。
それがその瞬間だけは、あたしも確認を怠った。
遊も人込みの中で一瞬気が抜けたのだろうか。
遊があたしを見失ってしまったのだ。
あたしが直感的に「あっ」と思って振り返ったときには、
遊の姿は見えなかった。全身から血の気が引いた。

だがそのすぐ次の瞬間に、「とうちゃ~~ん!」という叫び声が聞こえた。
ホッとしてその音源に向かいながら、「なかなか機転の利くヤツだ。」と思った。
そうして叫べば、周りの人も迷子だと思うだろう。
心ある人なら、付き添っていてくれる。
その間にあたしが遊を見つければ、それでいいのだ。
「とうちゃ~~ん!」を3回聞いたところで、遊のところに着いた。
ところが、意外なことがあったのだ。
気丈にあたしを呼んでいたものだから、しっかりしていると思ったのに、
顔はもう半べそ以上のグシャグシャだったのである。
さすがは、小学校二年生。

だが、自分の置かれた「悪い状況」でも、適切な対応ができた。
帰宅してからカミさんと長男の前でこの一部始終を話して、
はぐれたと思ったときに機敏な対応ができたことは立派だと思う、と
言って改めて遊の機転を褒めてやった。
もう泣きべそをかく必要もなく、遊は妙に得意気だった。
あの泣き顔を、写真にでも撮れれば面白かったかもしれない。

二年生、覚えなければいけないことが、まだまだたんとある。




2005 / 08 / 25 ( Thu ) 21:15:19 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
長男という立場、その3にして最終回。


二年前の話になる。
才が無闇にあたしの妹のところへ泊まりに行きたがり、
それを不思議に思ったことがあった。
妹のところには才より一学年上の女の子がいるのだが、
当時小学校5年生と6年生で、ましてや従姉弟同士で、
初恋の芽生えでもないだろうにと…。

才に聞いてみて、全貌が明らかになった。
才は、「兄貴でいること」に疲れていたのだそうだ。
「遊のことはもちろん好きだよ。だけどさ、二人でいれば
いつもいつも俺が兄貴に決まってるだろ、そうだろ?
遊がどんなに勝手なことをしたって、俺も何か言われるんだ。
だから、少しだけ兄貴をやめたくなる時があるんだよ。」とな。

妹に確認してみた。泊まっているときの才はどうなのか、と。
「うん、すっげえいい子だよね。兄貴や姉貴の仕込み、
バッチリって感じだよ。あいつはいいヤツだよ。」

なるほどねえ。
あたしは、深く反省した。
無論のこと、弟の兄である事実からは逃れられない。
だが、子供でありたいとき、年下の従姉弟でありたいとき、
甥っ子でありたいとき、才にもいろいろあったのだ。

それからというもの、「兄貴でいなくてもいい瞬間」を
こちらからも作ってやろうと努めている。
この一連の記事、8月14日は、まさにそういう日だった。
カミさん側の親戚、遊より一つ年上の甥っ子とその妹もいた。
姪っ子は、まだ4歳というわがままを絵に描いたようなチビッ子だ。
ウチにいれば、どうしたって才の負担ばかりが増える。
だから、歌舞伎だ野球だと言い訳をこしらえて、連れ出した。
才も、純粋に父とのお出かけを満喫したようで、良かった。

あれから10日ほどになるが、兄貴は破綻していないようだ。
少しは効果があったのかもしれないな。…ちょっと満足。
長かった連載も、これでひとまずは完結。

読んでくださった方、ありがとうござんす。




2005 / 08 / 23 ( Tue ) 21:51:19 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
ブログの使い方について。


ご覧くださっている皆様、お知らせがございます。

コメントを書き込む欄の下に、「パスワード」の欄がありますよね。
これ、とっても重要な役割を果たすんです。
ひとつは、コメントしてくださった方がご自分で記事を
編集したり削除したりできるという機能ですね。
これを記入しないと、編集削除は管理人にしかできません。

で、もう一つあるんですが、これが大切なんです。
投稿者の名前を入れてさらにパスワードを記入すると、
コメントの投稿者名の右横に、ある文字数字が出ます。
前の記事のコメントを開いて、あや姫のお名前の右側、
あたしの「新三」という名前の右側をご覧になってください。
あや#FXFsWAag、新三#brXp5Gdo と表示されていますよね。
この#のあとの文字数字が大切なんですよ。

これは一般には「トリップ」と呼ばれているのですが、
「ある名前で」「あるパスワード」を併記したときには
「いつも同じ文字列が表示される」仕組みなんです。
あたしが「新三」という名前でいつも使うパスワードを併記すると、
いつでも#brXp5Gdoという表示になるんです。
お分かりいただけますか?つまり、こういうことなんです。
誰かの名前を騙る偽者がいても
パスワードは分からないので、
記入しないか適当に記入するかになります。
そうすると、当然、違うトリップが表示されてしまう
そういうわけなんですよね~。

いわば一種のIDですよね。これ、素晴らしい機能なんですよ。
fc2の中であれば、どのブログにカキコしてもいいんです。
名前とパスを統一しておけば、同じトリップが表示されます。
先日あや姫のブログで偽者騒ぎがありましたが、
そういう災難はいつでも自分の身に降りかかってきます。
ご自分を証明するために、パスの記入をお願いします。

あたしがお邪魔する、なっちんさんの「なっちんkitchen」
あるいは、ゆみさんの「今日の晩御飯」
これはいずれもfc2のブログなのですが、あたしのコメントを探してみてください。
どれも #brXp5Gdo という表示になっていることをご確認いただけるはずです。

長くなりました。せっかくの機能ですから、みなさま是非お使いください。

れっつ えんじょい ぶろぐらいふ!

2005 / 08 / 22 ( Mon ) 20:14:21 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(4) | トップ↑
ブログ変更のご挨拶。


今まで使っていたブログのサーバーは、人気薄でした。
デザインの悪さに眼をつぶって使っていたのは、
とにもかくにも「軽かった」からです。

ところが最近になって、投稿やコメントが反映されないケースが
ちょっとずつ増えてきてしまいました。
そうなると弱小サーバーの弱味で、なかなか増強ができません。
こうなってしまっては使い続ける意味がありませんので、
先日以来、自分の趣味に合うテンプレートはないものかと
ずっと探し続けておりました。
そんな折に発見したのが、ここfc2の、このテンプレです。
できるだけ簡素なものがいいというのがあたしの最大の希望で、
このテンプレはそれにピタリと当てはまるものです。

実はこのブログに先行して、同じテンプレを実験的に使っています。
大々的な宣伝はしませんでしたがお気づきの方もおいでで、
カキコしてくださった方もありました。
実際に使ってみると、デザインもいいし機能面もいいし、
今までのサーバーとはしばしおさらばということにしました。
旧サーバーのものは過去ログとして保存しておきますが、
当面はここ中心で日記をつけていこうと思っております。

fc2、一時は重くて重くて大変でしたが、改善されています。
サーバーのパワーUPが奏功したものとみえ、好調です。
周りにfc2を選択している方が多いので、真似っ子みたいですが、
あくまでも「自分で探して自分で選んだテンプレ」です。
気に入っているので、しばらくはこのまま使い続けます。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。



2005 / 08 / 21 ( Sun ) 19:48:36 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(6) | トップ↑
長男という立場、その2。


歌舞伎体験教室の会場である国立劇場小劇場を出て、神保町に向かった。
次の予定に向けて腹ごしらえをしたかったことが一つの理由で、
もうひとつの理由は本屋に寄りたかったことである。
8月14日はお盆さなかの日曜日、しかも時間が午後の4時となると
空いている飲食店を探すのに苦労するかと思った。
ファーストフードやファミレスも覚悟していたのだった。
だが幸い営業していた天麩羅屋があって、二人で天丼を食べた。
腹ごしらえが済んでから、三省堂の本店へ入った。
めいめいに興味のあるところを見て、才は欲しい本を買った。
時間を見計らって移動、目的地はこんなところだったのだ。
東京ドーム

東京ドームの巨人阪神戦、試合はお粗末だったが観戦してきた。
球場での飲み食いも子供には楽しみのうちで、日頃自宅で禁じている
炭酸飲料もこういうときは無条件でOKなのである。
子供が楽しそうにしているのを見れば、それを喜ばない親はあるまい。
試合終了まではいなかったが、それなりに楽しんで帰宅した。

昼間の歌舞伎体験教室鑑賞、プロ野球のナイトゲーム。
ほとんど一日一緒にいたことになるわけだ。
実はこれは偶然ではなく、必然の流れなのだった。
では、なぜ必然なのか。
次回のUPで、その詳しい説明を書きたいと思う。




2005 / 08 / 18 ( Thu ) 22:04:03 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
長男という立場、その1。


ウチの長男、才は、去年一昨年と素晴らしい体験をした。
「歌舞伎体験教室」というのだが、文化庁の肝煎りで、
国立劇場、松竹、俳優協会が協力して、小学校の高学年の子達に
歌舞伎の実体験をしてもらおうという試みだ。
演目は「寿曾我対面(ことぶきそがのたいめん)」という、
いかにも様式美に溢れた華やかな一幕ものだ。
曾我兄弟の敵討ちをご存知ならば、「ああ、あれか。」と
見当がつく話で、実際その通りの単純な筋の運びだ。
それをいかにも時代に、いかにも鷹揚に見せるのが歌舞伎独特で、
個人的には好きな狂言の一つと言っていい。

才は、昨年、曾我五郎時致(そがのごろうときむね)を務めた。
まだ前髪のやんちゃなボウズで、気合もいいし気風もいい。
こんな感じの舞台だった。(真ん中の、赤い着物のヤツですぜ。)
五郎

そして今年、中学生になって参加資格はなくなったものの、
発表会がやたらと気になっていたらしいのだ。
珍しく自分から「行ってみたいんだ。」と言うものだから、
二つ返事で、すんなりあっさりとつき合ってやった。

素人集団、それも小学生の集まりなのである。
だが、みんなそれはそれは一生懸命にやっている。
上手い下手を超越した感動があることを、昨年一昨年に続き、
今年もまたつくづく思い知らされたあたしだった。

さて、この話には、更なる展開がある。
次のUPがいつになるかは定かではないが、
肝心なのは今日行ってきた発表会のことではないし、
ましてや昨年の思い出でもない。
長くなるので、この先は次に譲る。

難解な用語について。
肝煎り(きもいり)・様式美・鷹揚(おうよう)→辞書か、ネット検索をどうぞ。
一幕もの・狂言・前髪・時代→掲示板へご質問をどうぞ。
才→このブログの過去の記事をどうぞ。




2005 / 08 / 15 ( Mon ) 01:24:08 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
才という個性。


長男が軽井沢の移動教室に行った折に、土産を買ってきた。
「無駄な金は使わなくていい。」と念を押してあったのだが、
買ってこないではいられないのが、ヤツの気質らしい。
では、ちったあ気の利いたものを買ってくるのかというとそうでもない。
あたしには、こんなものを買ってきた。
土産

こんなビーズのついたようなハート型の黄色いストラップが、
あたしに似合うとでも思ったのだろうか。
これはキャッツアイで、金運上昇につながるらしい。
「父ちゃん、最近競馬で当たったって言わないから。」だそうだ。

実際につけてみたら、本体の色ともまったく合っていない。
これを倅に見せて、「おい、色が全然合ってねえぞ!」と言ったら、
「どれどれ?」と覗き込んで、「ホントだ、全然合わねえや!」と
一人で大笑いを始めた。まったく、屈託のないヤツだ。
あたしがこんなことを言っても、悪びれるところもない。

総領の甚六などというが、なるほどと思う。
それほど可愛がって育てたわけでもないから、こういう
おっとりした気質は先天的に備わっているものなのかもしれない。



2005 / 08 / 09 ( Tue ) 18:40:27 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
このブログの目的。


このブログを始めた目的を、明記しておこうと思う。

子供に躾をすること、自立の手助けをすること、
これは製作担当者としての義務だと思っている。
あたしは名うての「子供嫌い」なのだが、自分の子は
好きとか嫌いとかという単純な括り方はできないと思う。
そんなことを感じる前に、親としての責任をどう果たすべきか。
そればかりを感じる日々なのだ。

子供に対する躾を通して、自分が分かるかもしれない。
漠然としている「自分像」が、子供を通して具体化するかもしれない。
子供を教育するとはいっても、所詮は自分の価値観の提示だ。
してみれば、子育てを冷静に振り返ることで、今までは気づかなかった
隠れた自分に気づく可能性だって、ないとは言い切れないだろう。
子は親の鏡というのは、ここいらの事情を指していると思われる。

いささか理屈っぽくなってしまったようだ。
今までに、二人の子の出産の様子と名前の由来を書き綴った。
これはたまたまの話であって、二人の成長過程を時間軸に沿って
追いかけるつもりは、毛頭ない。
今の二人についても書くし、今までのことも書く。
時間の往来を繰り返しつつ、今までに実践してきた躾を見直し、
現在の二人を確認し、今後の教育につなげたいと願っている。


2005 / 08 / 06 ( Sat ) 23:52:15 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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