シリーズ 「元気な病人」 第三話


「遊くんが授業中に意識を失って、
救急搬送されました。」


担任の声は、冷静なようでいてどこかに切迫した感じを有していたようだ。
電話に出たカミさんの表情や声の変化で、こちらにもそれが伝わる。
三宿病院、搬送先を告げられて電話を切ったカミさんが、どこだと私に問う。

東横線でも新玉線でも行きにくいから、渋谷からバスだよ。
渋谷からタクシーだと、そこそこ取られちゃうかな。

遊は、とりあえずということで脳波を取り、点滴を受けていたらしい。
同時に血液検査も受け、カミさんが着いた頃には一通りのことは終えていた。
脳波、これといった異常はなし。
血液、これといった異常はなし。
じゃあ、なに?
なんで意識を失うようなことになる?

カミさんと帰宅した時の遊は、倒れたなんて信じられないぐらい元気だった。
ただ、中学校の時と同じように、「あの感覚」がしたと断言した。
あの時と同じだ、もちろんそれは本人にしか分からないことなのだが…。

始末の悪いことに、その後も症状が続けて出た。
通学途中の新宿三丁目駅、自力で事務室にたどり着いたものの、
そこから後の記憶は全くないと本人は言う。
担任から「まだ学校に来ていない」という電話連絡を受けた直後に、
救急隊から「お子さんを救急搬送します」という一報が入った。
前回のことがあったので、なにかあったら三宿病院と決まっていた。
それを救急隊に告げたのは遊自身だったのだが、記憶はないという。
その後も、通学途中の代官山駅で同じことが起きた。
また別の日には、帰宅途中の代官山駅でも同じことが起きた。
最初に三宿病院にかかったときの救急担当はS先生という熱血派で、
「なにかあったら必ずここへ来るんだよ、いいね。」と言ってくれていた。
だから度重なる救急搬送も実に快く受け入れ、面倒をみてくれた。

「先生、どうなんでしょうね?」と、あるとき切り出してみた。
するとS先生は、即座にこう答えた。
「癲癇だと思うんです。」
ただ、脳波がどうも気になる。
この波形が出れば癲癇という、その決め手の波形が得られない。
癲癇なら治療の方向も薬もほぼ決まっているのだが、
癲癇でなかったらそういった治療も投薬も無意味になってしまう。
現段階で癲癇の治療を施すわけにはいかない。
熱血漢はそう言って脳波のデータに目を落とすのだった。

精神科を受診してみるつもりなんですが、どうでしょうか。
私の問いに、熱血ドクターSは大いに興味を示した。
PTSDなどという大げさなものではなくても、可能性はある。
受診して何でもなければそれはそれでいいし、もしメンタルに原因があるなら、
精神科が主治医で僕はサブでも一向にかまわない。
ただ、こういった発作が出ている以上はできる限りのフォローはする。
S先生は、きっぱりとそう言ってくれた。

中学校の養護の先生に勧められた「精神科受診」が決定的になった。
高校の養護の先生の勧めで、道玄坂にある精神科を選んだ。
思春期の青少年を得意としているらしいし、学校からも近い。
連絡をしてみたら、予約がいっぱいで受診はひと月ほど先になるという。

構わない。
きちんと診てもらえるのなら、待つことなど屁でもない。

遊が意識を失うと、多くの人に迷惑をかけることになる。
駅でヘロヘロすれば、友人が学校に走り、先生を呼んでくる。
救急搬送となれば、誰かが救急車に同乗することにもなる。
望んでしていることではないが、これ以上誰かに迷惑をかける訳にもいくまい。
やむを得ず、カミさんが朝夕の送り迎えをすることになった。
代官山までの定期券を買って、遊に同行するだけのことである。
学校へ送り届けたら帰宅、夕方の下校に合わせてまた学校まで迎えに行く。
一日二往復だからあっという間に元が取れる、笑えない笑い話である。
弁当を作って送り迎え、遊はすっかり幼稚園児に戻ってしまったかのようだった。
2013 / 10 / 02 ( Wed ) 04:02:36 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(4) | トップ↑
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