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月食


<かざす手に秋めく風を感じつつ 本田多賀>
今までの暑さが尋常でなかっただけに、ちょっと気温が下がったり
あるいは湿度の低い日があったりすると「秋か?」などと錯覚します。
それでも、かざした手に当たる風は、実際にいくぶんか柔らかくなったようです。
暑かった8月も、そして夏休みも、あと一週間で終わろうとしています。

晦日も迫った8月28日に、今年最大の天体イベント「皆既月食」が起きます。
先日の流星群とは違って夕刻に起きる天象であること、
さらに、日本中どこででも観測可能ということもあって、
巷では俄かに話題になりつつあるような気配です。
今回は月が欠けた状態で上ってくる「月出帯食(げっしゅつたいしょく)」で、
そこから皆既月食へと進み、後にまた部分食を経て食を終わります。
月食の最中にみずがめ座のσ(シグマ)の食も起きるという、珍しさ二乗のお得版です。
詳細についてはこんなサイトをどうぞ。
http://www.astroarts.co.jp/special/20070828lunar_eclipse/photo-j.shtml
お子様のあるお宅なら、お子様も十分ご一緒に楽しめることと思います。

月食というと、あたしは小学生の頃に読んだ図書室の本が忘れられません。

ある学者がアフリカを旅している時に、土着民に捕らえられてしまいます。
それが人食い人種だったか神への生贄になるのだったかで、磔にされて夜を迎えます。
ところがその人はその夜が月食だったことを思い出して、「月を消してみせる」と言います。
時間が来ると月はみるみる姿をくらまし、辺り一面が暗くなってしまいます。
松明の灯りだけがその場を照らす中で、死なずにすんだ学者は安堵します。
そしてその力に感服した土着民は彼を解放し、神と崇め奉ったという話です。

ま、どう考えても作り話の領域を出ず、眉唾もいいところです。
ただ、この話には自然崇拝の原点があるようにあたしは感じるんです。
日本にも古くから山岳信仰がありましたし、「水神」などというように、
自然の中に神が存在するという考え方は古くからありました。
天象についても雷を「様」づけで呼んでみたり、星に願をかけたり、
身近なものとして捉えてはいるものの神格化している側面もあります。
上記の逸話も土着民が科学に疎いことが話の骨格なのですが、むしろ
そういう生活をしていた人たちは幸せだったかもしれないと感じるんです。
地震を恐れ、雷に逃げ惑い、山火事に立ち尽くし、台風ですべてを失う、
そんな生活をしていた頃の人間の方が自然としっかり対峙していたように思います。

今の我々が自然をなめているとは言いません。
でも、季節感を失い自然への感謝と畏怖を忘れ、それが当たり前になっています。
科学の進歩のおかげで月食の細かいスケジュールまでが分かって
それはそれでありがたい話ではあるのですが、あたしはちょっと複雑です。
今回は、学者の気持ちではなく、土着民の気持ちで眺めてみるつもりです。
2007 / 08 / 25 ( Sat ) 06:32:59 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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