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横綱(とても長い文章ですので、お気をつけて)


<ふるさとは九月の紺の海高き 松本鬼南>
ふるさとを持たない身には分かりかねる句ではあるのですが、
爽やかな中にしみじみとした透明感の漂う句です。
九月になって最初の記事は、一大長編になってしまいました。
最後にクイズを置いてありますので、そのニンジン目当てにお読みくだされば幸いです。

相撲協会の大看板であるはずの横綱が、体調不良を理由に巡業を休みました。
それだけなら何の問題もなかったのですが、横綱は母国でサッカーに興じていました。
大切な会議を体調不良で欠席した社長が、プライベートでゴルフをしていたようなものです。
相撲という国技の伝統やしきたりを考えるとこれは由々しき事態で、
「横綱の責任」という言葉が向けられるのは至極当然のことです。
早い時期に「ごめんなさい」と言ってしまえばよかったものを、
謝りそびれたばかりに話がややこしくなってしまいました。
ではありますが、「横綱の軽率な行動が悪い」のは明白な事実です。

話をややこしくした張本人は、高砂親方です。
早期の謝罪をさせられなかったことも含めて、指導力不足です。
指導というのは何も土俵上の技術に限ったことではなく、日常の行動も含めてのことです。
以前から横綱らしからぬ言動が取り沙汰されていたにも拘らず、
忘れた頃にこういう事態が起きるというのは日常をいかに疎かにしているかの証です。
師弟は親子以上とも言われますが、指導に愛情と責任があったのかどうかは甚だ疑問です。

上記二点の問題を認識した上ではじめて、帰国治療の是非を論じるべきです。
横綱といえども人間だという考え方は的外れで、横綱は人間ではありません。
大袈裟な表現をすれば、神格化されていると言えなくもないのが横綱です。
大関までは成績が悪ければ陥落しますが、横綱には陥落がありません。
それは横綱が一種の名誉職だからであって、その名誉を保てないのであれば、
陥落ではなくて引退を選択するしかないというのが暗黙の了解になっています。
千代の富士しかり、貴乃花しかり、どんな名横綱も必ず引退を迎えます。
ただしそれは体力の衰えが主たる理由であるべきで、それ以外の理由での引退は、
格闘技のスペシャリストとしては望ましくないと思われます。

横綱審議会の委員の中には「横綱に推挙したことを反省している」という声があるそうです。
自らの過ちを反省するのは潔い態度だとは思いますが、こんなことになったからといって
どうして今さらそんなセリフを吐けるのでしょうか。
それならもっと前に、もっと火種が小さかった頃に手を打っておけばよかったんです。
引退勧告の声も出ているようですが、自分たちが推挙した横綱に
自分たちが引退を勧告するというのも考えてみれば妙な図式です。
もしその勧告に従って横綱が引退するのであれば、横審の委員も辞職すべきです。
議院内閣制の仕組みではありませんが、双方に責任があって然るべきでしょう。

相撲協会の対応にも、やや手ぬるい部分が見受けられました。
様子を見るというのは時として問題解決の有効な手段になり得るのですが、
今回はどうも上手く運ばなかったような印象を受けます。
協会が真っ先にすべきだったのは、高砂親方への細かい指示でした。
そしてまた、協会全体に、外国人横綱に嫌気がさしている空気が漂っています。
これが日本人横綱のしでかしたことだったら、ここまでの騒動になったでしょうか。
「故郷の北海道に帰って治療に専念したい」なら、容易に認められたことでしょう。
外国人に門戸を開いている以上は一から十まで平等に扱うべきなのであって、
そのような険悪な雰囲気はおくびにも出すべきものではありません。

報道の姿勢に関する意見も多々あるようですが、報道関係はそれがメシのタネです。
追いかけて食いついて画を撮って音を拾って、それの何が悪いのでしょう。
報道されたくないのであれば相撲協会が管制をしくべきで、そうでない以上は、
報道の自由はあくまでも守られるべき当然の権利なんです。
いちいち情状を酌んでいたら、報道の自由は早晩失われることにもなりかねません。
まして今回は、本人からも親方からも協会からも、適当と思える状況説明がないまま
かなりの時間が過ぎてしまったという経緯があったわけです。
報道の姿勢を問うのはいささか的を射ていないようでもありますし、
むしろ論理のすり替えに近い無責任さを感じてしまうのです。
報道が嫌ならメディアに接しなければいい、ただそれだけのことです。
経過の詳細を知りたい人は、好んでメディアに情報を求めるでしょう。

先日、「今回のことをどう思うか」というTVの街頭インタビューの問いに
若い女性がトンチンカンな返答をしている場面の映像を偶然見かけました。
相撲のことが分からないのなら、利いた風なことを言うべきではありません。
「私は相撲が分かりません」とハッキリ断るべきではありませんか。
相撲は、日本の国技です。
相撲は観ない、相撲は嫌い、個人的な感情としてならそれも結構なことです。
ですが、相撲を論じることは日本の文化を論じることの一端です。
無責任な発言は努々避けるように注意したいものです。

情状酌量の余地があるなら、長く一人横綱で相撲を支えてきた心労の部分です。
後進が育たなかっただけのことではありますが、育たなかったことは、
そういう指導ができなかった相撲協会全体の責任でもあるわけです。
また、横綱も相撲協会の一部分ですから、なおさら協会の責任は重いのです。
出場停止と減俸は、いたって当然の処分と言っていいでしょう。
今後、高砂親方にも相応の処分が下されるのではないでしょうか。
また、協会は自身を罰することはできませんが、よりきめ細かい指導と
ぬるま湯体質の改善を目指すことが急務とされることになります。

出場停止が明けて元の強い横綱が戻ってくるのであれば、それが一番です。
どこでどんな治療をするかは、ことの本質とは一切関係ありません。
格闘技は心身ともに強い者だけが残ればいいのであって、結果がすべてです。
協会としてはそういう方向を目指せる治療の環境を宛がってやるべきで、
それが協会側のできる最善の対処にもなるはずです。
引退するのであれば、それは心が挫けてしまったときでしょう。
残される一人横綱が同じ轍を踏まないものでもありませんが、それはそれ。
見せかけだけの弱い横綱を飾っておいても一文の値打ちもありはしません。
引退するのなら横審と刺し違えるぐらいの意地を見せてもらいましょうか。

横綱の踏む四股には神通力があって、邪気を払うとさえ言われています。
朝青龍も基本に立ち返って四股を踏み、自分に宿る邪気を打ち払ってもらいたいものです。
かの大横綱双葉山は、連勝が69で途切れた時に「いまだ木鶏たりえず」と言いました。
朝青龍に木鶏の境地を望むものではありませんが、心の混濁が明らかである以上は、
一日でも早く澄み切った心を取り戻してもらいたいと願うのです。



いやー、書いた書いた、語った語った。(笑)
さてお約束のクイズです。
今回の記事、また「何か」がありません
言葉、それも○○○というひらがな三文字の言葉です。
さてさて? (難易度:1 とても易しい)


2007 / 09 / 02 ( Sun ) 12:49:31 | 日記 | TrackBack(1) | Comment(4) | トップ↑
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コメント
タイトル:こんにちは♪

私は高砂親方と同郷なので、子供の頃から相撲をテレビでよく見ていました。
朝青龍も明徳義塾の卒業生なので、頑張って欲しいと思っていました。
なので、今回の騒動は、とても残念ですね;
部屋にとっても、相撲界にとっても大切な横綱だし、ここまで大騒ぎになると、今後の動向が気になります。。。
相撲が単なる勝ち負けを争うスポーツではなく、日本の国技であるコトの意味を明確にし、また昔のように相撲人気が上昇してくれるとイイなぁって思います。

何度か読んだのですが、問題はわかりませんでした。。。;
答えをお願いします♪
名前: みか #mQop/nM. : 2007/09/04 10:57 :URL [ 編集] | トップ↑
タイトル:みかさん♪

正直なところ、この記事にコメントはつかないと思っていました。
いつもお読みくださって、ありがとう存じます。

朝青龍の魅力は何と言ってもあのスピードですよね。
あれだけ「速い」相撲を取る力士は、記憶にありません。
またその上に相撲勘がいいときているわけですから、
格闘技として見ていて純粋に面白いんですけどね。
先のことは分かりませんが、このまま引退というのは
あたし個人としては避けてもらいたいと思っています。

こんな記事にコメントをくださったみかさんに、
クイズの答えを書いておきましょうね。
今回の記事になかった言葉、それは
「あたし」の三文字です。
ブログは独白性が強いのでどうしても一人称の言葉を
多用しがちだと思うんですがいかがでしょうか。
それを今回は、「あたし」のみならずすべての一人称を
排除して記事を書いてみたという訳です。
ま、しょせんは酔っ払いのざれごとなんですけどね。
ウヒヒ。
名前: 新三 #brXp5Gdo : 2007/09/04 17:11 :URL [ 編集] | トップ↑
タイトル:相撲道

 相撲は、日本国国技にして、人と人の生き方を写す鏡です。
 北の湖は21歳のとき、幕内最高位につき、「憎らしいほど強い」といわれながら、31歳まで横綱を張り続け、相撲道にかける精進は大変に厳しいものでした。千代の富士は、幾たびもの、肩の脱臼を乗り越えながら、独り横綱の重圧に耐えました。辛抱に辛抱を重ねた、高見山の引退式のことも、わたしは忘れられません。
 今回の件で、あの大鵬さんが、車椅子に乗って、「人間、70になっても、80になっても自分との闘いです。・・・気持ちを切り替えて、また復帰してくれれたらいい。」と話しておられたのが、大変に教訓的でした。引退後大病を患いながらも、後進の指導に当たっておられる大横綱のことばとして非常に重みがあり、わたしは、思わず涙しました。。
 朝青龍は、取り口と、勝ったあとの表情に、品が感じられないことが、わたしにはずっと気になっていました。横綱にとって、品位は命の一つです。新三さんのおっしゃるように、きっと好きな相撲のために、早く澄み切った心を取り返してほしいです。そして、上に立つものとして、己を律して、常に頭を深くたれていられるようになってほしい。一番克たねばいけないのは、己の心ですから。

クイズは、、わからへん。
名前: kaoru #- : 2007/09/04 17:24 :URL [ 編集] | トップ↑
タイトル:クイズの答え?

コメントが入れ違いになってしまったのでしょう。
答えは、みかさんへのレスに書いておきましたよん。

朝青龍の取り口と勝った後の表情、同感です。
勝った後も相手を思いやるのが相撲の道、
朝青龍は「ああ、播磨灘」の読みすぎかもしれません。

心技体といいますが、全部OKというのは滅多にいませんね。
あたしに言わせりゃ頭をつける横綱は全員失格です。(笑)
名前: 新三 #brXp5Gdo : 2007/09/04 18:46 :URL [ 編集] | トップ↑
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