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<巣鴨 とげぬき地蔵>-随筆風超大作


認知症の進んだ老母を連れて、巣鴨へ行ってきた。
「巣鴨のお地蔵さんへ連れて行ってやるけど、どうだ?」
そう尋ねると相好を崩して「ああ、何十年振りだろう…。」と言う。
こちらとしても悪い気はしないので、早速出かけることにした。

我が家から巣鴨までは、都営地下鉄を乗り継ぐのが早くて便利だ。
母はシルバーパスを持っているので、無料で乗れてありがたい。
行きの電車の中で、試みにこんなことを聞いてみた。
「え~と、今日はどこへいくんだっけかね。」
すると母はしばらく考え込んで、こう答えた。
「花園神社でしょ。」
話がまとまって家を出てから、わずか20分後のことである。
「ん?違うぞ。花園神社じゃあない。」
「あれれ。じゃあ、靖国神社か。」
「それも違うな。じゃ、着くまでのお楽しみってこった。」

巣鴨の駅に着いて地上まで上がったところで、また聞いてみた。
「どこへ行くか分かったかい。」
すると今度は、間、髪を入れずに「お地蔵様でしょ。」と言う。
昼日中から、キツネにつままれているような心もちだった。

商店街を冷やかしながら、そして昔話をしながら歩く。
何かの試食が出ていると、マスクを外してはせっせと食べている。
「腹が減っているようなら、どこかで飯を食おうか。」
そう水を向けると、決まって「お腹は空いていないよ。」と言う。
そして、次の試食を見つけると、またマスクを外すのである。

お地蔵様を通り過ぎて庚申塚の交差点まで行き、
同じ道を引き返して今度はお地蔵様にお参りをする。
母が目をつぶって手を合わせると、体がぐらぐら揺れる。
もう、自分の体のバランスを保つことができないのである。
手を差し延べようとしたところで、母が目を開いた。
そして、パンパンと盛大に柏手を打っている。
「母上、柏手は神社、ここはお寺さんだからね。」と釘を刺したが、
当人は何食わぬ様子で、黙ったままうっすらと笑っている。

子供たちの好物、重盛の人形焼を土産に買った。
死んだ親父が好きだった塩大福も、買った。
いずれ全部自分で食べるつもりででもいたものか、
甘い物好きの母は殊の外ゴキゲンだったようだ。

帰ろうか、という話になったところで私の腹の虫が鳴いた。
JRの駅近くにちょっと食わせるトンカツ屋があったことを思い出し、
母を促してその場所まで行ってみたのだが、店が消えている。
時代の流れに飲み込まれたかとがっかりしているところへ、
仮店舗営業のお知らせという、ごく控えめな張り紙が目に入った。
ビルの建て替えのために、少し離れた場所で営業しているらしい。
母には申し訳ない気もしたのだが、更にひと丁場歩いてもらった。

辿り着いた先は、間違いなくお目当ての「とん平」であった。
この店には、実に愉快な思い出があるのだ。

次男がまだ幼稚園に通っていた頃のことだから、8・9年も前になろうか…。
次男と連れ立って、お地蔵様へ遊びに行ったときのことだ。
歩いて、遊んで、それらしくお参りもして、あとは帰るだけという段になって、
二人とも腹がペコペコに減っていることにようやく気づいた。
その時に見つけたのが、この「とん平」というトンカツ屋だった。
次男にはロースの定食を頼み、私はビールと、ツマミに串カツを頼んだ。
すると、先に出てきた私の串カツの肉を、次男が欲しがるのである。
ロースが揚がってくるまでのことだから、気にもせずに与えた。
ところが、私が肉の間のネギで飲み続けるうちに、肉を全部いかれた。
私は、ネギカツとキャベツをツマミにビールを飲む羽目になった。
いざ定食が出されると、次男は一心不乱に肉と飯を頬張る。
「これは要らないよ。」と私に押し付けたのは、お新香と豚汁だ。
ビールのツマミが二種類から四種類に、文字通り倍増した。
全ての肉を胃袋へ収め、飯をわずかに残しただけで、次男は食事を終えた。
ビールを飲み終えた私は次男の残した飯を食べたが、空腹は収まらなかった。
それもそのはず、トンカツ屋に入っておいて、肉っ気は豚汁の肉片だけだ。
飯だって、箸で二つまみほどしか残っていなかった。
ネギやキャベツやお新香で満腹になる方がどうかしている。
だが私は、心地よい空腹感に、大きな満足を得ていたのだった。
女性店員が、いかにも微笑ましいといった面持ちで次男を見ていた。

「お袋、腹具合はどうだ。」と聞くと、依然「減っていない。」としおらしい。
「俺、ここでトンカツを食いたいんだけど、どうしたもんかな。」
「お前一人で食べればいいじゃないの、あたしはいいから。」
さすがにそれでは店に迷惑ではなかろうかと、私は少しためらった。
「二人で入って一人前の注文てのも、気が引けるなあ。」と言うと、
「二つ頼んであたしが半分食べて、お前が残りを食べればいい。」と答える。
「俺ももうトンカツを一人前半食うような年じゃないよ。」と苦笑しつつ
「腹は減ってないって、お袋は自分でそう言ってるしさ。」と念を押すと、
「お腹は空いちゃいないのよ。」と繰り返してまったく埒が明かない。
こうなると、空腹なのかそうでないのかも判断できない。
言い合っているうちに、店員さんが見かねたように中から出てきた。
店の入り口を塞ぐようにしていたのだから、これはこちらが悪い。
「どうかなさいましたか。」と声を掛けられたので、正直に答えた。
「二人で入ろうかと思ったんですが、母が空腹ではないらしいんですよ。」
すると私の言葉を遮るように、「そんな、お気になさらずに。」と、
出てきたその女性が実に明るい声で入店を促してくれる。
さらに、「外は寒いですから、あったまっていってらしてください。」と、
商売っ気のない声と明るい笑顔はどこまでも親身そのものである。
次男を見ていた店員さんは、この人だっただろうか。

入店して椅子に腰をおろし、出されたお茶を二人でありがたくすする。
ヒレカツやエビフライなら単品で一つでも揚げられますと説明されて、
空腹でないはずの母が、ヒレカツを本当に一切れだけ頼んだ。

ヒレカツ@とん平

私は、母に疑念を抱きつつも、8年越しのロース定食すなわち「肉」である。

ロース定食@とん平

猫舌の母はゆっくりと食べ進み、とうとう一切れのヒレカツを平らげた。
その様子に、疑念を掻き消すことができないまま、私も定食を食べ終えた。
肉汁をたっぷり湛えたロースは8年越しの私の思いを満足させるに十分だったが、
空腹を否定しつつカツを食べる86歳は、その息子の目にもやはり異様に映るのだ。

肉汁@とん平
 クリックで拡大します

次男との愉快な思い出の上に、母との割り切れない思い出が覆いかぶさった。
次男に聞くと、前後のことはよく覚えていないらしいが、肉ばかり食べたことと、
私が呆れ顔で嬉しそうにしていたことだけは今でも覚えているという。

母は、遠い昔のことは覚えていて反芻できるが、直近の出来事は覚えていない。
逆にそれを覚えていられないのが、認知症の典型的な症状とも言えるわけだ。
現に、巣鴨へ行った日の夕方は、こんな調子だった。
「お袋、今日はどこへ行ってきたんだっけな。」
「お前と二人でほら、サンデーマートの方を歩いてきたんだよ。」
サンデーマートというのは、最寄りのスーパーの名前である。
昼間の出来事を夕方語ることさえできないという、この切なさはどうだ。
人形焼と塩大福を見せると、ややしばらく考え込んでから口を開いた。
「ああ、そうか、お地蔵様へ行ってきたんだったね。」
かろうじてお地蔵様という言葉が出てきたが、もはや背水の陣である。

生理が機能しているから生きてはいるが、その分、脳の委縮も進んでいく。
今の母にとって、生きていることはすなわちボケることに他ならない。
だが試食には手を出すし、空腹ではないと言いながらヒレカツも食べる。
どんな業を背負っているものなのか、実に皮肉な晩年と言わざるを得ない。
次男の頭の中の思い出は、当然のように時間の経過と共に薄れていく。
しかし、認知症の母には、もはや「思い出を作る」ということができない。
記憶を積み重ねることは、母にはもう金輪際できないのである。
それでも私は、また母を連れて巣鴨のとげぬき地蔵へ行くことだろう。
思い出なんか作れなくたって、その時に楽しい思いをさせてやれればそれでいい。
だから次はカミさんも長男も次男も伴って、みんなでお参りをし、みんなでトンカツを食べよう。
できればみんなで写真の一枚も撮って、それを母の部屋に置いてやりたいと思っている。
2011 / 02 / 02 ( Wed ) 08:11:44 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(6) | トップ↑
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コメント
タイトル:

超大作、読ませますね~

お母さんに思い出は作れなくても、一瞬、一瞬、幸せな思い感じてもらうことは出来ますものね。
やだ、泣いちゃいそう。


名前: ばんびっけ #- : 2011/02/05 01:35 :URL [ 編集] | トップ↑
タイトル:おっ、ばんびぃ!

長いのを読んでくだすって、ありがとうね。
早速校正したいところが見つかっちゃいました。
今後、ちょっとずつ手を入れていきます。

いつも愚にもつかないことばかり書いているので、
たまにはこういう本格的な文もいいかと思ってね。
でも、存外体力を使うので、次回は未定です。
なはは。
名前: 新三 #brXp5Gdo : 2011/02/05 12:57 :URL [ 編集] | トップ↑
タイトル:

昨年末3回忌をむかえた義父も
後年は認知症発症しました。

ご家族の皆様くれぐれも無理なさらぬよう。。
疲れで免疫落ちて体調崩すこともあるので。
名前: 恭ちゃん #q7XswXQk : 2011/02/05 17:53 :URL [ 編集] | トップ↑
タイトル:恭ちゃん

いたわりのお言葉、ありがとうございます。
家族四人、極力ストレスを抱えないようにしてます。
あたしはあんな風になる前に死ぬと決めてます。
名前: 新三 #brXp5Gdo : 2011/02/06 16:43 :URL [ 編集] | トップ↑
タイトル:読ませてもらいました

どうしているだろうと、久しぶりに覗いたらこの大作でした。お元気そうで何より。お母さんも、お達者で何より。足腰と胃腸が丈夫なのは幸せです。昨日、仁左衛門を大阪松竹座で見てきましたが、親子の情は今も昔もグッときます。
名前: kaoru #- : 2011/02/07 22:10 :URL [ 編集] | トップ↑
タイトル:かおるん♪

うん、お袋は元気にボケている。
名前: 新三 #brXp5Gdo : 2011/02/09 16:48 :URL [ 編集] | トップ↑
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