「お」をつける話


本来なら日本語コラムに書けばいいのですが、あっちは放置状態…。
長い文章を書くとなると、やはりここしかありません。

先日、あやさんのブログで話題になったことなんですが、
実はあたし、このことについて書いてみたいとずっと思っていたんです。
いいきっかけができたので、一丁やってみようかと思い立ちました。

結論を先に言うと、世間全般で「お」を使い過ぎています。
「お」や「ご」をつける代表例は「お酒」と「ご飯」なのですが、
食事はそもそも神様仏様からの下され物という意識があります。
だから、「お」や「ご」がつきやすいカテゴリーなのです。
お魚、お肉、お野菜というのも、それらの生命を奪ってなおかつ
我々の生命の糧とする感謝の気持ちから出る用法だと言えましょう。
ですが、おマグロ、お豚肉、おキュウリとは言わないものです。
大根のように調理における汎用性の高いものにはまれに「お」がつきますが、
これはあくまでも例外だと認識しておいた方がいい部類の用法です。

敬語として、尊敬や謙譲を表す目的で使われるのは自然です。
ただし、敬語の常として、重ね過ぎるのはよくありません。
「先生は美味しそうに食べた」では具合が悪いので敬語を使おう、
そうすると、「先生は美味しそうにお召し上がりになられた」となったりしませんか。
「食べる」を尊敬語でいうと「召し上がる」ですから、これは敬語の重複です。
「なられた」は言うに及ばず、「お」さえも必要ではありません。
「先生は美味しそうに召し上がった」で必要十分、それ以外は蛇足です。
ここにも、「お」を使い過ぎてしまうケースが潜んでいるわけです。

幼児に言葉を教える際に、丁寧なというか、子供言葉というか、とにかく、
そういう甘ったるい語調で話すケースは実生活でまま見られることがあります。
お鼻、お口、お耳、大人が使ったら尻の穴がむずむずしてきます。
お頭とは言いにくのでおつむと言い換えますが、これが手となるとお手では
動物に芸を仕込んでいるようなのでお手々と音を重ねることによって難を逃れます。
お目々にも全く同様の処理がされていることは一目瞭然ですね。
ただ、どんな工夫があっても、大人の使うべき言葉でないことは確かです。

「お」は和語、「ご」は漢語につくという大原則はありますが、例外もあります。
また、「お」よりも格上の接頭語として、「み」もあります。
漢字にすると「御」が当てはまりますが、これは天子に対する敬語でしょう。
「御心(みこころ)」「御代(みよ)」などの具体例が挙げられます。
「お手を煩わせて…」という例では、手がhandではなく手間の意味で使われています。
相手の手間に対する尊敬の気持ちが、「お手を」という表現を呼ぶのです。
歌舞伎の名作「勧進帳」は全編通して長唄の素晴らしい演目なのですが、
義経一行が冨樫の守る安宅の関を無事に通過したあとに見せ場があります。
弁慶の機転を褒めてそれに感謝する義経が、弁慶に手を差し伸べるのです。
主君に手を取ってもらうなどはもってのほかですから、弁慶はあとずさりして
大いにかしこまってひれ伏してしまうという名場面です。
ここで長唄は「判官(ほうがん)御手(おんて)を取り給ひ」と唄います。
弁慶にとって主君義経の手は、手でもお手でもなく、御手なのです。

本質は違うものの、「お」と併用される「み」もご存知のことでしょう。
足を丁寧に言おうとするときの、「おみあし」という例がそれです。
「おあし」だと、言いにくいだけでなく、「金」という意味になってしまいます。
そこで語調を整える意味合いも含めて、「おみあし」と言うのです。
ご婦人が互いの召し物を褒め合う時なども、「素敵なおみ帯で…」などと用います。
帯を「お帯」とは発音しにくいので、「み」を挟んで整えるのです。
これは敬意の重複ではなく、あくまでも音律優先の民間用法かと思われます。
「おみあし」も「おみおび」も女言葉であたしは使ったこともありませんが、
正しい状況で正しく使われるのなら、むしろ美しい感じがします。

「おみおつけ」は漢字で書くと「御御御つけ」で「御」が三つもついている、
あたしもガキの頃に親父からそんなまことしやかな話を聞かされました。
ですが、いくら昔の人が文法に疎くても、そんな無学問なことはありえません。
じゃあ、味噌汁や吸い物を「つけ」と呼ぶのかということになってきます。
これは汁物を表す「おつけ」が基本にあると思っていただきましょう。
「おつけ」がそもそも「お」+「つけ」なのかどうかは判然としません。
今後の情報収集と研究が必要となるデリケートな部分です。
ただ、その上にくっついている「おみ」は「御御」ではなさそうです。
昔の奉公女中たちが使っていた、いわゆる「女房言葉」の中では、
味噌のことを「おみい」と呼ばわっていたという事実があります。
じゃがいもを「おじゃが」、さつまいもを「おさつ」という、あれです。
その「おみい」が「おつけ」の上について、「おみおつけ」となったわけです。
ただ、これさえも数多くある説の中の一つに過ぎません。
言葉を紐解くには、国語学と同時に民俗学的な考証も必要なんですね。
女中奉公が長かったウチのお袋は、「おじゃが」「おさつ」を用います。
親父はそれを咎めこそしませんでしたが、自分では絶対に使いませんでした。
昔は、性別や身分によっても使う言葉が違っていたということです。
あたしは、「おみおつけ」なんて、言えと言われても言えません。
味噌汁は味噌汁ですし、じゃがいももさつまいももそのままです。
男は女言葉を使わない、そんなことは脳と口が覚えています。

「お」をつければ丁寧とか、間違いないとか、それは盲信です。
おでんの「お」は取り外すことができません。
「ひや」は常温の酒のことですが、「お」をつけたら冷水を意味します。
「つきあい」と「おつきあい」の間には微妙な感覚の相違があります。
この際、「お」をつけておけば安心という横着な考えを捨てましょう。

男性器・女性器につける「お」は、ちょっと可愛らしく思えます。
むき出しでは品に欠けるのでちょっとおめかししてみた感じが好ましい。
幼児語に似通った部分がなくもないのですが、許容範囲でしょう。
多くの隠語が存在することからも、直接表現の回避と判断できます。
下ネタをゴリ押しする訳ではないのですが、敬意を取り違えた「お」よりも、
照れ隠しで使う「お」の方がはるかに自然で愛嬌があるということです。
敬意を伴う「お」や「ご」が適切に使われるなら、それに越したことはありません。


自分でも無意識のうちに緩い使い方をしているかもしれないので、
今回の内容は大いなる自戒の意味も込めて書き記してみました。
くたびれたぁ…。
2012 / 09 / 25 ( Tue ) 23:41:59 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(1) | トップ↑
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コメント
タイトル:お知らせ

ちょいと事情があって、一時的に本名を隠します。
しばらく、Hypershinzaでいきますんで、よろしくお願いします。
名前: Hypershinza #brXp5Gdo : 2012/09/29 11:31 :URL [ 編集] | トップ↑
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