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気になる日本語のことを少しだけ


タイトルに「少しだけ」と書いたが、本気で書いたらちょっとした本ができる。
まさかブログでそんなこともできなかろうということで、少し、である。

気になったのだ。

何が気になったかと言うと、「おもたせ」という言葉だ。
どこかの土産屋の店頭で「おもたせにピッタリ!」という文句を見て、
大げさではなく我が目を疑ってしまい、しばし呆然と佇んだというやつだ。
そして確認してみたら、ネットショップは「おもたせ」の嵐だった。
「おもたせ」をキーワードにして検索すると、無数のショップが出てくる。

「お土産」だとその場で渡してハイおしまいというイメージだが、
「おもたせ」だとその場で開封して持参した人ももらった人も一緒に食べるという
イメージがプラスされるので、「お土産」よりも盛り上がるイメージ。
あえて、そういう言葉の使い方をしているのではないか。


といったような考察も見受けられるのだが、バカを言ってはいけない。
「お土産」にどれだけ錦の衣を着せたところで、「おもたせ」にはならない。
来客が持参したものをその場で供する時の敬語には違いないのだが、
いくら何でもモノにそこまでの敬語を使うかどうか考えれば分かる。
敬意を表する対象は、あくまでもそれを持参する客であるはずだ。
だが、「おもたせ」の本質はもう少し別のところに存在する。

「おもたせ」は、来訪を受けた側のへりくだりなのである。

 おいでいただきましたのに、当方には十分な準備がございません。
 はなはだ失礼とは存じますが、頂戴物をお出しいたしとうございます。

そういう謙譲の気持ちが、「おもたせ」という言葉につながるのだ。
何故なら、持参した人はそれが何であるかを承知しているではないか。
種の知れた手品を見るようで、楽しくも面白くもないことだろう。
なればこそ亭主が気を遣って、「おもたせ」とへりくだるのだ。

それに、日本には貰ったものをすぐに開封するという習慣がなかった。
西洋式だとプレゼントを押し付けてすぐに「開けてみて!」などとやるが、
日本ではまだまだそういうことにためらいを感じる人も少なくない。
来客の持参品をその場で開封するなどというのは、非常事態なのである。
満足な饗応ができない亭主を救うのが、「おもたせ」の一言なのだ。
「お土産」を飾っても「おもたせ」にはなり得ない所以である。

過日、「着丼」という言葉はおかしくないかという議論があった。
ラーメンなどを注文してそれが供されることを着丼と言うそうだ。
議論とは、ざっと以下のようなやりとりである。
着地や着陸は「地に着く」「陸に着く」の意なのだから、
着丼は「丼に着く」ということになってしまい意味が通らない。
それに反して、では着金はどうなんだという声が上がる。
送金を受けたときに「金が着く」のが着金だというのである。
それなら「丼が着く」は着丼でよかろうという反対の声も上がる。
どちらも適当に納得して、答えは出たような出ないようなであった。

私見を述べれば、「着丼」は「着金」と同様に可である。
「着」の下には「地」や「陸」といった目的語も来るのだが、
「金」や「丼」といった主語が来る場合もあると考えている。
だが、「おもたせ」となるとそうかいかない。
「何となく響きがいいから…」程度の理由で濫用されては困るのだ。
言葉は変わるものだが、変わるには理由と必然性が不可欠だ。
それと同時に、言葉の来し方に思いを馳せることも大切なことだ。
いつの世にも言葉はコミュニケーションの第一の道具なのだから、
けっして徒やおろそかに扱ってはならないのである。
2013 / 02 / 21 ( Thu ) 06:11:38 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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