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【来る花も来る花も菊のみぞれつつ 久保田万太郎】

妻の葬儀に菊ばかりが並ぶのを万太郎が詠んだ一句である。
私なども菊といえば仏花、そういう思い込みから抜け出せないでいる。
父は菊が嫌いで、俺が死んでも墓に菊を供えるのはやめろと言っていた。
死後15年以上が過ぎた今でも、父の墓に菊を供えることはない。
父の影響なのか、母も菊の花は好きではないとよく口にしていた。
仏壇に飾る花も、絶対に菊を使おうとはしなかった。
だから8月の母の葬儀では、菊を使わないように葬儀屋に注文をつけた。
七七忌の法要でも、菊は一輪たりとも用意しなかった。
ついでに言うと、私も菊が嫌いである。
好きではないなどという程度ではなく、はっきりと嫌いである。
紫陽花は色が変わるから嫌い、菊はあの独特の香りが嫌いだ。
日本料理では食材として菊の花を使うが、私は敬遠したい口である。

さて、そんな私だが、人生で一度だけ菊に感動を覚えたことがある。
私が自分の庭と言って憚らない新宿御苑で、季節は今時分だった。
菊花壇展というのをやっているというので、わざわざ出かけたのだ。
菊を見てみようと思ったのは、おそらくは気まぐれに過ぎなかった。
あるいは、新宿育ちの意地として、御苑の行事は見てみたいと思ったものか。
それが、ただただ素晴らしかったのである。

水原秋桜子に【冬菊のまとふはおのがひかりのみ】という句がある。
冬菊は小菊だが、御苑の菊花壇展の菊は堂々たる花ばかりだ。
そして秋桜子の句のように、おのずから静かな光を放っている。
その存在感とあまりの静謐さに、私は息を飲んだ。
花や盆栽あるいは庭などに手を掛けることを、「丹精する」という。
目には見えぬはずの「丹精」が、そこでは形となっていた。
花の香りのことなどは、まったく記憶に無い。
そんなことはどこかへ吹っ飛ぶほどの、圧倒的な展示であった。

余談だが、菊で思い出した笑い話がある。
今、JRAの所属馬でクリサンセマムという名前の馬がいる。
クリサンセマムとはそのものずばり、菊である。
それを某局のキャスターがクリサンセ・マムと切って読んでいたのだ。
「マム」を「お母さん」か何かと勘違いしていたのだろうか。
当のクリサンセマムは、牡馬なのだけれど。
菊の英語での綴りはchrysanthemum、綴りが難しいことで名高い。
また単語が長いので、mumと略されることもあるらしい。
だが、競馬中継のキャスターが細切れにしてはいけないだろう。

菊花壇展は毎年行われているのだが、私は一度しか経験していない。
やはり、嫌いなものは嫌いなのだ。
あるいは、菊に圧倒されるのが少し悔しいのかもしれない。
それでも、何年か経ったし、今年はまた行ってみてもいいかなと思っている。
興味のある方はこちらを参照されたい。→新宿御苑 菊花壇展
11月は花園神社で酉の市も開かれ、今年の一の酉は昨日だった。
御苑にお酉さまにと、何とはなしに新宿に惹かれる11月だ。
それが育った街への郷愁だとするなら、私も少し年を取ったのに違いない。
2013 / 11 / 05 ( Tue ) 04:23:24 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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