シリーズ「元気な病人」 最終話


更新を怠っていたら、広告がうるさくて仕方ない。
広告消しも兼ねて、中途半端になっているものを終わらせておこう。

投薬治療が始まってしばらく経った頃のことである。
肌が赤らんでいて、顔などは見るからにがさついている。
初めは「洗顔フォームが合わないんだろうから、使うなよ。」などと、
こちらもいたって呑気に構えていたのだが実はそうではなかった。
薬の副作用として起きる発疹で、いわゆる「薬疹」だったのである。
慌てて三宿病院に連れて行ったところ、医者も薬疹との見解を示した。
当然その薬は中断するのだが、飲まなければまた発作が起きる。
テグレトールをやめて、ラミクタールという薬が処方された。
これも飲んでみなければ分からない部分はあるのだが、
実際に飲むことでしか副作用の確認もできないのが現実だ。
臆していても、何も変わらない。

幸い、ラミクタールでは副作用は認められなかった。
今に至るまで飲み続けていて、なんら問題はない。
もちろん、テグレトールによる発疹もすっかり引いた。

だが…。

実はテグレトール投薬開始後も、発作があったらしいのだ。
本人は親に心配をかけたくないという理由で隠していたようだが、
どうも数回の発作に見舞われたことがだいぶ後になって判明した。
やはり、何か心に引っ掛かることをぎゅーと思い詰めてしまうと、
それがきっかけとなって発作が起きるというメカニズムらしい。
昨夏に亡くなった私の母に対する私の接し方も、引っ掛かっていたという。
学校の中、とりわけクラスの友人のことも引っ掛かっていたという。
このあたりは、中学校時代の発作のきっかけになったところでもある。

私と母のことについては、たっぷり時間をかけて話をした。
遊自身の祖母への思い、私の母への思い、遊への思い、長男への思い、
また献身的に母の介護をしてくれた家内への思い、そういったことを
父子差し向かいで腹蔵なく話して心のしこりをほぐしてやった。
学校のことは、ある程度自分で処理すべきだと諭した。
どうにもならなければ、学校には先生がいるではないか。
一人で抱え込むようなことをせずに、友人や担任と分担すればいい。
自分だけで何とかしようと力瘤をいれるのではなく、みんなで何かする。
自分が、自分の信じることを正直に積み重ねていけば、最後には
それが必ず自分への褒美としてより大きなものとして返って来るだろう。
他人にも自分にも嘘をつくことなく、真正直でいることが大事なのだ。
自分の体験などを交えながら、かなりの時間にわたってそんな話をした。

その頃を境に、発作は起きなくなったようだ。
だが、それは病気が治ったことを意味するものではない。
癲癇の発作は、いつどんなことが引き金になって起きるか分からないのだ。
発作が起きなくなったことは、単純に有難いことだと受け止めている。
だが、喉元を過ぎたからといって熱さを忘れてはならない。
投薬による完治の目安はおよそ四年、まだ三年半も残っているのだ。
三年半後、遊がちょうど二十歳の誕生日を迎える頃に、完治していればと思う。

商業高校だから様々な検定を受けさせられるし、その補習も相当きつい。
野球よりきついと漏らしたこともあるほど、重たいものらしい。
だが、それを承知で選んだ高校である。
挫けることなく、本分を全うしてもらいたいと心から望んでいる。
発作から解放されるのは先のことだが、それまでにやることはいくらもある。
幸い、本人はつらさも込みで高校生活を満喫しているように見受けられる。
何があってもあの愛嬌のある笑顔で涼しく過ごしてほしい、親の願いである。
2014 / 02 / 25 ( Tue ) 15:44:10 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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