入院見舞い 実録大長編、筆力全開でお届け!


病人を見舞って自分が流血したのは、一昨日の午後だった。
見舞った相手の名は金井遊、我が家の次男である。

遊は、今月9日に登校する際に中野坂上駅の外階段で足を滑らせて転倒、
その拍子に背中を強く打って身動きが取れなくなり救急搬送されたのだった。
百人町の春山外科に運び込まれて背骨のCTを撮ったのだが、
幸いなことに骨折や内臓へのダメージはないということだった。
ただ、やや腫れが見られるので、これが痛覚を刺激すれば痛いはずだと。
実際本人は相当痛がっており、コルセット・座薬・内服薬の3点セットを用いて
ようやく普通にしていられるかどうか…という有り様だった。
混雑した電車に乗るのは不可能なので通学はバスとタクシーの併用、
教科書などの重い荷物は持てないので家内が送り迎えせざるを得なかった。

何日かして、朝になると吐き気を訴えるようになった。
訴えるだけでなく、実際に嘔吐してもいた。
背中との関係があるのかないのか、これは経過を見守るしかなかったが、
吐き気は数日で収束したようなので一過性の胃腸炎のようなものだったのだろう。

そんなこんなで迎えた1月19日、月曜日の朝のことである。

その朝は珍しく私も起きていた。
遊の様子を見ていると、何となく動きが滑らかになっている。
背中を打って以来もっとも機敏に動けているのではないか、
家族ともどもそんな話をしていたのだった。
遊と家内が出かけるのを見送ってから新聞に目を通し、
可能ならもうひと寝入りしようかとした矢先、家内から連絡が来た。

「遊が、左足が動かないというメールをよこした。」と。

教室に送り届けた後、何かあった時のために学校の近くで小一時間待機するのである。
その待機中に、教室の遊から家内にメールが行ったわけだ。

「タクシーを降りてから校舎内に入るまで、確かに足を引きずっていた。
そのせいで転びそうにもなったし、思うように足が出なかったのは間違いない。」
家内は電話で私にそう報告するのである。
「だけど、朝、ウチの中ではわりとスムースに動いていたよな。」
私がそう問うと、
「そうなんだけど、時間が経つに連れて動かなくなったみたい。」と答える。
そして、「とりあえず、タクシーに乗せて春山に向かうわ。」と言う。

学校から百人町だと山手通りを使うので、私も拾ってもらった。
私がタクシーに乗り込んだ時には、左足だけでなく左手も動かないと遊が言う。
左半身が麻痺状態となれば、素人でも脳梗塞を疑う。
遊は、緊張と恐怖を払拭すべく、ハイテンションでしゃべり続けている。
学校に居た時からずっとそのテンションだったらしい。
脳梗塞でなくても、このまま手足が動かなくなったら…と想像したら、
それは普通の精神状態でいられるわけがない。

病院に着いて総合外来で診察を受けるが、問診中に医師の態度が変わる。
左足は特に酷くて、運動障害だけでなく感覚障害も出ていたのである。
尖ったもので突いても痛みを感じず、触られていることも分からないのだ。
「マジかよ…!」そう言った後、「これは脳外だ、小林先生だ」と続けた。
脳外科の小林医師は、「脳のMRIを撮りましょう。」と言う。
だが予約で埋まっており、午前中の最後ぐらいになると。
仕方なしに廊下で待っていると、名前を呼ばれた。
すぐにMRIに行けるように手配したので、行ってくれというのだ。
脳だけなので所要時間は15分ほど、再び脳外の診察室に戻る。

「よかった、脳の中は何でもないようです。」

最悪の事態は避けられた。
だが、疑問は残る。
なぜ、手足に麻痺が出ているのか。

「脊椎の損傷のようなことは考えられますか。」私が問うと、
「そういったケースで片側だけに症状が出ることはあまりないんです。」という回答。
さらに、「遊くんは癲癇のキャリアなので、そちらを疑うのが自然です。」と。

癲癇の発作が出た後で麻痺が起きることは、ままあることなのだそうだ。
「トッド麻痺」という名前もあるそうだから、症例も少なくはないのだろう。
発作は、極めて強い電気的信号が脳から出ることによって起きる。
その直後に、信号を出す細胞群が反動で疲労状態になってしまう。
それで、運動障害や感覚障害が引き起こされるらしい。

癲癇に関わることなら、主治医の三宿病院の方が話が早い。
春山から電話連絡を入れてもらい、MRIのデータを携えて三宿に回る。
タクシーで行ったものの、昼休みの時間だったので救急外来である。
改めて状況説明や問診を終えると、医師は迷わず「入院させてください。」と言う。
脳に異常がないなら、やはりトッド麻痺を疑うのが筋らしい。
ただ、角度を変えた総合的な検査をする必要がありそうなので、
このまま入院した方が何かと都合がいいだろうということなのだ。
確かに、足が動かないのだから、自宅にいても誰か一人がつきっきりになる。
検査やリハビリのことを考え合わせれば、むしろ選択肢は入院しかない。
本人も、脳梗塞でないということで安心し、また通い慣れた病院なので、
その意味での安心感もあったようで入院を承諾した。

そう決まったら、入院に関する事務的な手続きと、学校への連絡である。
あるいは、入院生活に必要なものの調達である。
仕事も休み、家内と二人であたふたバタバタと時間を過ごし、
できることを全て終えて帰宅したのは夜20:30だった。
家内の第一報を受けてから、実に12時間が経過していた。

採血、採尿、心電図、脳波、脊椎と頚椎のレントゲン、脳のMRI、検査は多項目に渡る。
背中を打った際には頚椎を調べていないので、確認の必要があるだろうとのことだ。
頚椎に異常があれば、それが麻痺の原因になる可能性はあると。
MRIは、少し時間をおいてから再度脳の撮影をするという。
脳梗塞は、発症直後だとMRIで拾えないケースがあるというのだ。
脳梗塞の可能性は極めて低いが、慎重を期するということらしい。

遊の癲癇については、このブログで『元気な病人』として数回書いた。
昨年一年は、癲癇の発作が一度も出なかったのである。
薬が効いているとみえて、遊もストレスなく過ごしていた。
月曜日も、目に見える発作が起きたわけではない。
だが、結果を見ると、発作が起きていたと考えざるをえない。
おそらくは、睡眠中に自覚のない発作があったのだろうと推察される。
その発作を呼んだのは、数回に渡る嘔吐だったのではなかろうか。
癲癇の薬は朝晩の服用だが、嘔吐が続いたことで薬の血中濃度が低くなり、
しばらく途絶えていた発作が久しぶりに起きたのかもしれない。
しかし、こういったことはあくまでも想像上のことで、客観的な事実は
様々な検査の結果を総合して考えるほうが合理的というものだろう。

左足はまだ動かないが、左手は日を追って動くようになっている。
とは言え、動きは完全ではないし握力も低い。
19日よりは20日が、それよりは21日がまし、その程度だ。
入院した以上、遊がやるべきことは決まりきっている。
無論、治療回復に専念することだ。
だが今度の日曜日に検定があるので、テキストを持ち込んでその勉強もしている。

友人からメールやラインで相当数のメッセージが来ているようだ。
それらの大多数は「大丈夫?」というものらしいが、本人は憤っている。
「入院してるのに、大丈夫なわけねえだろ!」軽く吐き捨てるようにそう言った。
中にひとつ「ざまあみろ!」というメッセージがあって、遊はいたく喜んでいた。
「こういう風に言われる方が、よっぽど気分がいいよ。」遊は愉快そうに笑った。
どうやらそれなりに吹っ切れていて、気持ちを強く持っているようだ。
我が子ながら、なかなかしっかりしている。
退院しても同じことを繰り返すようでは困るから、親としては、
早期退院よりもむしろ徹底的な洗い出しを望んでいる。
そして、現在の遊の精神状態なら、それが可能だと考えている。
2015 / 01 / 22 ( Thu ) 13:18:15 | ガキンチョ日記 | TrackBack(0) | Comment(2) | トップ↑
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コメント
タイトル:

遊くんたいへんだったのですね。
本人もびっくりなさったでしょう。
時期が時期ですけど、徹底的に診てもらって、元気に退院できますように。
そして新三さんもエラいことに…( ̄▽ ̄;)
おふたりともどうぞお大事になさってくださいませ<(_ _*)>
名前: elaatehna #I678atB6 : 2015/01/22 17:36 :URL [ 編集] | トップ↑
タイトル:お返事が遅くなりました。

elaathenaさん、ご無沙汰ブリです。
ホントに、世の中いろんなことが起きます。
不思議と次男にばかり降りかかるんですけどね。
手足が動かないという不安から比べたら、
あたしの流血なんて鼻くそみたいなもんです。
遊にはのんびり過ごすように言ってますけど、
リハビリは野球の練習よりキツイそうです。

がはは。
名前: 新三 #brXp5Gdo : 2015/01/24 12:49 :URL [ 編集] | トップ↑
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