テリーが、永の眠りにつきました。


老衰で餌も食べられなくなっていた我が家の飼い猫テリーが、
昨日、ついにその生涯を終えました。
同じ腹の弟ドランゴの死から5年あまり、ドランゴは病死でしたが
テリーは堂々と天寿を全うしての最期でした。
生前に可愛がってくださった皆様、ナデナデやスリスリ、
あんなことやこんなこと、色々とありがとうございました。
テリーに成り代わりまして、飼い主として御礼申し上げます。

思い出すことは多々あるのですが、キリがありません。
私が子供たちのために書きおいた文章をコピペします。
出勤前の僅かな時間に、ワードで作成したものです。
PCのデスクトップに置いておき、置き手紙として読ませました。

才、そして遊へ

テリーは、今日10月27日の11:48にその生涯を終えました。
君たちも覚悟はできていたと思いますが、残念です。
餌を食べられなくなり、水も飲めなくなってからおよそ一週間、
泣き言も言わず無駄なことは一切せず、そして我々には心の準備の
時間をたっぷりと与えてくれて、それは見事な最期でした。
よく頑張ったと、父はテリーに心から感謝しています。
私は仕事に出てしまいますので、三人でお通夜をしてください。

父から君たちにお願いがあります。
それは「心を乱さないで欲しい」ということです。
愛するペットが死んだのですから、泣くのは構いません。
残念がるのも、一向に差し支えありません。
「心を乱す」とは、そういうことではないのです。
例えばテリーの死を言い訳にしてするべきことをサボる、
あるいはしなくてもいい余計なことをする、そういうことが
「心を乱す」行為であると父は考えています。
つまり、テリーの死を、自分勝手な言い訳に使うなということです。
君たちを育ててくれたテリーも、そんなことを望むはずがありません。
一晩たっぷり別れを惜しみ、明日からは通常の生活に戻る、いやいや
できるだけ「戻ろうとする」ことを君たちに期待しています。

明日の昼、哲学堂霊園に連れていくように手筈をつけました。
ドランゴと同じところに葬ってやれるのが、せめてもの気休めです。
前を向いてなどと、父は言いません。
しばらくは後ろを振り返ってもいい、そうして少しずつ
テリーの死を受け容れていけばいいのだと思います。
ジュゲムもいるし、何よりも、家族がいます。
テリーには、「ありがとう」と言ってやってください。
君たちの優しさを、テリーは知っていました。
いつもの君たちのまま、テリーを送ってやってください。

                             父


テリーは、我が家に18年と半年余りいたことになります。
私のような猫嫌いのところに、よくぞ来てくれました。
今は、感謝の気持ちでいっぱいです。
ドランゴの時もそうでしたが、私は少し泣きました。
親父が死んでもお袋が死んでも泣かなかった私ですが、
どこかに飼い猫専用の別のスイッチがあるようです。

画像を探してみました。

テリー

サムネイル画像、クリックで大きくなります。
これは、2014年の1月に撮影したものです。

次は珍しいジュゲムとのツーショット、撮影は昨年の5月です。

ジュゲムとツーショット

ささっ、湿っぽいのはこれでおしまいにしましょう。
最後にもう一度…、

テリー、ありがとう!
2016 / 10 / 28 ( Fri ) 02:38:32 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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