汁の呪縛


昆布と鰹節でしっかり取った一番出汁なら、お椀だよね。
あるいは、極上の吸い物ってことにもなるだろう。
ただ、それは「出汁を味わう」ための調理ってことだろ。
家庭の汁なんか、もともとのスタートラインが違うのさ。
特に味噌汁は、「魚介の出汁で野菜を食う『煮物』」なんだ。
そういう認識で味噌汁を作る家庭は、少ないよねえ。

水に味噌と豆腐を入れて加熱したら汁になるかというと、NO。
やってみりゃ分かるけど、例えようのない絶望感に襲われる。
それなら豆腐に味噌をなすって食った方がはるかにましだ。
だが、水ではなく煮干の出汁や鰹節の出汁だと話は違ってくる。
どこかで全ての焦点がぴたりと合って、料理になるんだよ。
禅寺などでは精進の出汁もあるが、それでも同じこと。
逆からアプローチするなら、椀物や吸い物レベルは不要で、
汁として成立する最低限の味が保証されていればいいってことだ。
実際に、椀物レベルの出汁を味噌汁にしたら、くどくて食えない。
出汁にも出汁の適性が、厳然と存在するってことなんだ。
料理人は、「旨過ぎる」料理をことのほか嫌うんだ。
それは、調理が素材を殺してしまうことに繋がるから。
素材あっての調理、素材あっての調味、そういうことなのさ。

次は、肉じゃがと南瓜の話をしてみよう。
2018 / 02 / 08 ( Thu ) 21:15:02 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
呪縛から逃れる料理


出汁は「昆布と鰹節で」取りましょう。

それがそもそもの間違いというか、足かせなんだよ。
昆布出汁というのは、主に関西圏の文化なのね。
関東でも使わないわけじゃあないんだけど、中心は鰹節。
それを、昆布と不可分のように扱うのがいけないんだ。
科学的には、両者を併用すると味がUPすることが証明されてる。
昆布だけ、鰹節だけよりも、併用した方が旨味を強く感じる。
あるいは、併用すれば少量で旨味を感じる域に達する。
だから時間があるなら昆布出汁を積極的に使うといいとは思う。
でも、昆布で上手に出汁を取るのは案外難しいんだ。
それに、温度と時間の管理がとてもデリケートなんだよね。
比べると、鰹節の方がいくらかハードルが低い。
料理番組に毒されていないで、鰹節だけの出汁を試してみるといい。

もう一つの呪縛は二番出汁、そして昆布と鰹節の後始末ね。
一番出汁を取った後の昆布や鰹節にも旨味が残っているから、
それを無駄なく使おうじゃないかというのが二番出汁の発想。
でもね、そんなの家庭でやったって、意味ないよ。
家庭で、一番出汁を使うかい?
格式高い塗りのお椀にエビの真薯か何かを入れて出汁を張るような、
そんな料理は作る機会もなけりゃそれだけの腕もなくて当たり前。
だから、一番出汁を取るという発想から抜け出さないとね。
ハナっから1.5番出汁ぐらいを目指して出汁を取ればいいのよ。
吸い物にも煮物にも使えるような、汎用性の高い出汁さ。
料理をすれば分かるけど、台所で最も重宝するのはこのタイプだよ。
でもって昆布と鰹節だけど、あれ、佃煮やふりかけにするのかい。
俺は何べん挑戦したかわからないけど、一度も美味しく作れたことはない。
考えてみりゃそれも道理で、出汁を取った後は出し殻なんだもん。
もうさ、昆布にも鰹節にも味なんか残っちゃいないんだ。
それを無理やり食おうとするから、調味料と時間ばかりかかる。
もったいないのは出し殻じゃなくって、調味料や時間の方さ。
昆布も鰹節も自然のもんだから、いずれは自然に帰っていくだろ。
それでいいじゃねえか。

出汁は料理の基本だって、誰もが口を揃えて言う。
でも、インド料理なんか出汁という概念はほぼないからね。
日本の料理に出汁が重要であることは明らかなんだけど、
家庭で料理屋料理を真似しようとするのは愚の骨頂だ。
次は、その辺をもう少し解きほぐしてみるとしようか。
2018 / 02 / 07 ( Wed ) 08:59:50 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
車内のジジババ不要論


一昨日の夕方、ちょっと混雑した丸の内線に乗ってたのね。
で、新宿三丁目駅で半分背中の曲がったようなババアが乗り込んできた。
そのババアは乗った側の座席ではなく、反対側の座席の方へ向かって
「つかまらせてね、つかまらせてね。」と言いながら歩いて行くの。
座席の端っこの、縦に長い手すりにつかまりたいってことなんだわ。
そしたら、端から二番目に座ってたお姉さんが、「どうぞ。」ってね。
席を譲られたババアは、「いいの?あなた大丈夫?」とか言い出す始末。
何のこたあない、乗り込んだ瞬間からターゲットを絞ってるんだよ。
だから乗った側の座席には目もくれないで、アピールしながら歩くのね。
「私は駅二つですから。」ってお姉さんは笑ってて一件落着風味だったけど、
あのババアの狡猾なやり口には少なからず腹が立ったな、俺は。

それにね、ババアは両手に伊勢丹の袋をぶら下げてるんだよ。
まず、その買い物をするだけの体力はあるってことなんだろ。
しかも、どんな事情か知らないけど、夕方の軽いラッシュの時間にさあ。
もうちょっと、人に迷惑をかけない方法を考えられないのかね。

あれが都営交通だと、もう少し複雑なことになるんだよ。
年寄りはシルバーパスってのを持ってて、都営交通はタダ。
もちろんその元は税金で賄われているんだから、俺もいくらか負担してる。
なのにこっちは料金を払って乗って、挙句は年寄りに席を譲るんだ。
なんか、おかしなシステムだなあと思うのさ。
あ、俺は車内ではあんまり座らないんで、譲るのがイヤな訳じゃないの。
ただ、システムがおかしいなぁ…と、漠然と思うってことね。
仕事か何かでホントにクタクタに疲れた人が電車に乗るとするじゃない?
わざわざ一本電車を見送ってね、どうにかこうにか席にありついてね。
でも、年寄りが乗ってきたらその席を譲らなきゃいけないという理屈はないだろう。

山歩きをするジジババも、よく見てるとおかしいよ。
どこまで行くんだか知らないけど、電車で必ず座りたがるんだよね。
山歩きする足腰があるんなら、電車の中ぐらい立ってろよ。
でなきゃ、歩いて山まで行きゃあいいじぇねえか。
無駄に小金を持ってるんなら、山のそばに住むって手もある。
人に迷惑をかけてまで健康でいたいなんて、不健全な発想だ。
自分がやりたいことをやるのに、他人を犠牲にしちゃいけないよ。
もっとも、ジジババは自分が人に迷惑をかけてる自覚はないけどね。

半年ぶりのブログ、ちょいと毒を吐いてみた。
俺ももうジジババの仲間入りが近いから、他人事じゃないな。
久しぶりにブログを記してみた意味は、いずれそのうち。
さ、豆まきでもするか。

2018 / 02 / 03 ( Sat ) 19:38:55 | 日記 | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
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